第5回 オーナーシップとパートナーシップ
一般社団法人エル・システマジャパン
代表理事
菊川 穣
各地での取り組みと、基本的理念
前々回、前回と被災地支援として始まった日本でのエル・システマの活動が、今の様々な社会課題に応える形で広がってきたことを記述してきました。東日本大震災からの復興を目指した福島県相馬市、岩手県大槌町での取り組みは、国の復興関連の予算を使うことが可能でしたし、民間の寄付・助成金も多くの種類があり、それを利用することができました。
一方、2017年以降に始まった長野県駒ヶ根市、東京都、大阪府豊中市、京都府舞鶴市での活動は、公的資金を何らかの形で運用して実施できる体制になっていますが、相馬、大槌と比べて、その額は限られています。また、弦楽りぼん・児童養護施設プロジェクトに至っては、完全に民間ベースの自主事業となっています。
高い理想を掲げ、子どもたちの成長、芸術的高みへの挑戦、地域の活性化と、それなりの成果をあげてきたと自負しているエル・システマジャパンの12年半ですが、持続可能なシステムを作ることは一筋縄ではいきません。今回は、その運営に関しての、そもそもの基本的理念であるオーナーシップとパートナーシップについて解説したいと思います。
オーナーシップとパートナーシップ
第3回記事でも触れましたが、私は、日本ユニセフ協会の東日本大震災緊急復興支援チーフコーディネーターの職を辞してエル・システマジャパンを設立しました。この時に意識したのが、このオーナーシップとパートナーシップという2つの考え方でした。
これは、3つのアフリカの国々(南アフリカ、レソト、エリトリア)での2つの国連機関(ユネスコとユニセフ)勤務時代に、研修機会がある度に強調されていた、国連職員として発展途上国支援の現場に入る時に心に留める重要なポイントでした。どちらも日本語にピッタリくる訳語がないのですが、オーナーシップは当事者意識の尊重、より頻繁に聞かれ、日本語となっているパートナーシップは、様々な関係者と協力・協働すること、になるでしょうか。
つまり、外の立場がある人間として現場に出向いて仕事をする時には、何よりもそこに住む人々のオーナーシップを尊重して、かつ、現場業務に関わる全ての関係者と協働関係を作ることが大切だということになります。この考えこそが日本で海外発のエル・システマという仕組みを導入するにあたって要になるだろうと考えたのです。
被災地支援の現場では…
もちろん、日本は先進国で、東北の被災地の状況は途上国のそれとは異なります。大きな被害を受けたとはいえ行政は基本的に機能していましたし、地域住民も規律を持って復興に向けて努力を重ねていました。しかし、支援される現場の当事者の声があまり尊重されていないという点において、東北の現場で起きていたことはアフリカとあまり変わらないというのが実感でした。
そもそも、東北の人は、忍耐強くあまり自己主張をしないという傾向があるかと思いますが、それは苦労がそのままで良いことでも、自分の考えがないことでもありません。しかし実際の現場では、外からやって来る支援者と称する人や組織が、いろいろと現地の人のためにと称して自分がやりたいことを実施し、現場は振り回されているケースが多々ありました。
自ら被災者である学校の先生が、週末のイベントに特別ゲストでやってくるアーティストやスポーツ選手の対応に追われていて、全く休みを取れないような状況も見聞しました。また、特に支援を必要としていなくても、まあせっかく遠くから来てくれているのだからと、本音を言わないで、その場の対応をするということも多々あったかと思います。
相馬市の「オーナーシップ」
そうした中、福島県相馬市でエル・システマの最初の活動を考えるきっかけは、私がユニセフ支援の責任者として教育委員会と震災直後に話をした時に遡ります。他の自治体では、何でも支援してもらえるならどうぞ、という雰囲気だったのですが、相馬では、必要なものを必要な時にこちらからお伝えしますと、原発事故で混乱を極める中、極めて冷静で客観的な反応だったのです。後々、それは、報徳思想が息づく自主独立のプライドが高い相馬ならではの歴史的背景のことも分かりましたが、当時はとても印象に残り、オーナーシップということを思い出す契機となりました。
それぞれの地域での「パートナーシップ」
また、日本の教育制度、学校というシステムは、諸外国のそれと比べても強固で、特に地方では、塾や一部習い事を除けば、子どもたちは基本的に学校で過ごす時間が圧倒的です。現在は不登校の問題が顕在化しており、大きな変革時かと思いますが、震災直後には、やはりまずは学校を通したエル・システマということが必然のアプローチでしたので、小学校の部活動支援として始めました。地方自治体と協定を結び、教育委員会とパートナーシップを組むことで、環境を整備していくという考えがここで生まれ、活動を継続的にするために、相馬以降の事業でのモデルとなりました。
当然、地域は行政だけで成り立っているわけではないので、地域の様々なステークホルダーとのきめ細かいコミュニケーションが必要となります。ただでさえ、人間関係が濃く、狭い地域社会では、誰がどのように関わる(関わらないか?)かも大きな問題です。表向きは、首長や行政がやっているのだからということで正当性を確保できると考えていましたが、多様な地域社会の声が反映される場としての議会との関係もあり、より現場の現実にそったパートナーシップと説明責任の方法を模索してきました。
次回は、このパートナーシップを、いかにして活動資金やリソースを確保するのかという点に焦点をあてて話をしたいと思います。
プロフィール
菊川 穣(きくがわ ゆたか)
神戸生まれ。幼少期をフィンランドで過ごす。University College London地理学BA(1995年)、政策研究学(Institute of Education)MA(1996年)。(株)社会工学研究所を経て、国連教育科学文化機関(ユネスコ)南アフリカ事務所、国連児童基金(ユニセフ)レソト、エリトリア両事務所で、教育、子ども保護、エイズ分野の調整管理業務を担当。2007年に日本ユニセフ協会へ異動、J8サミットプロジェクトコーディネーター、資金調達業務に従事後、2011年より東日本大震災支援本部チーフコーディネーター。2012年、(一社)エル・システマジャパンを設立、日本ユニセフ協会を退職、代表理事に就任。公益財団法人ソニー音楽財団こども音楽基金選考委員会議長(2019年〜2021年)。公益財団法人音楽文化創造理事(2022年〜)。