第7回 特別報告:韓国のエル・システマサマーキャンプに参加して
一般社団法人エル・システマジャパン
代表理事
菊川 穣
韓国での青少年交流サマーキャンプ
第1回のレポートで、世界に展開するエル・システマとして韓国の例を挙げました。今回、ちょうど、韓国政府(韓国芸術文化教育振興院)主催での2回目となる大規模な青少年交流サマーキャンプが8月6-8日に平昌で開催され、日本からは、エル・システマで合唱を学ぶ子どもたちが招待され、私も引率者として同行し貴重な体験ができたので、その報告を書かせて頂きます。
これまで機会がなかった全ての子どもに音楽教育の機会を提供するというエル・システマのコアの考え方に沿って、2010年以降、韓国全土で、文化スポーツ観光省が支援するオーケストラ、演劇、ダンス、絵画、彫刻等のヴィジュアルアーツの分野で活動が展開されています。一方、合唱は、既に活動が学校を中心に発達しているということで、エル・システマとしての活動は実施していなかったようです。ただ、今後、国からの予算が拡大することもあり、合唱分野に拡大していきたいとのことで、国際交流の要素を入れたいとの意向から、日本、タイ、マレーシアからそれぞれ20人ずつ合唱を学ぶ子どもが招待されることになりました。
韓国内からは、エル・システマ団体であるOrchestra of Dreams(オーケストラ・オブ・ドリームズ)、そして、Theatre of Dreams(シアター・オブ・ドリームズ)、Dance Company of Dreams(ダンスカンパニー・オブ・ドリームズ)から構成されるコリアン・ドリーム・アーツ・アンサンブル(オーケストラ、ダンス、演劇、ヴィジュアルアート)の425名が参加しました。また、本年からパイロット事業として始まったヴィジュアルアーツ教育活動のStudio of Dreams(ストゥディオ・オブ・ドリームズ)で製作された作品が会場で展示され、子どもたちがインタラクティブに参加できる場が作られていました。
全員参加型の総合芸術祭
夏期キャンプとうたっていますが、全員参加型の総合芸術祭と言った方が適切で、2日目の夜に開催されるThe Festival of Dreamsというグランドパフォーマンスの準備と調整と、それ以外は各参加団体同士の交流の時間で構成されていました。
総合プロデューサーを著名な作曲家でソウル芸術大学教授のUzong Choe先生。主に、国際合唱団との共演や指導としての音楽プロデューサーとして、長年欧州で活躍されていたバリトン歌手のSamuel Youn先生。ダンス分野のダンスプロデューサーとしてコリオグラファーのBora Kim先生。この3人が、どのようにグランドパフォーマンスを構成するかを密に調整しながら、オーケストラとダンス、そして合唱が融合した、唯一無二でユニークなステージとなっていたことが大きな特徴でした。シェイクスピアの「真夏の夜の夢」を現代風にアレンジした演劇のステージは、その合間に挿入されていましたが、そのレベルの高さに驚き、言葉がわからずとも感動できるものでした。
オーケストラの子どもたちが演奏した、有名なマスカーニ作曲「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲も、前衛的なダンスとセットで構成されており、なかなか、大人の舞台でも体験できないものであったことも特筆したいところです。

テーマソングである「ナエネイル(私の夢)」は、韓国中の子どもたちから夢と聞いて何を思い浮かべるかという聞き取り調査をした上で、総合プロデューサーのChoe先生が作曲されたそうです。韓国中のダンスグループによるK-Pop版と、オーケストラが国際合唱団、ダンス、朗読と共演する全体版と、2回演奏されることで、何よりも、この祝祭イベントのテーマ「最初の息吹」いうコンセプトを訴える内容になっていたと感じました。
無料で参加できる交流キャンプとそのホスピタリティ
スズキ・メソードでも毎年開催されている夏期学校。各自参加費用や旅費を払っての参加となると思いますが、韓国のこの交流キャンプは全て無料で参加できます。大都市以外のプログラムからの参加を優先しているとのことで、家庭の経済的事情に関わらず、誰もが来られる仕組みを徹底しています。
また、日本、タイ、マレーシアからの60人の子どもたちと指導者を含む、その付き添い者の旅費、参加費も韓国政府が払ってくれたことも、特筆に値すると考えます。費用負担だけでなく、いかにして子どもたちの異文化体験が充実したものになるかという内容も丁寧に準備されていました。些細なことのようですが、朝昼夕の食事の合間に出されるお菓子や飲み物、配られるグッズの一つ一つ、そして、サマーキャンプ後にアレンジされたソウルで伝統衣装体験や、K-Popのステージが体験できるような最新の韓国文化紹介施設訪問等、子どもたちが楽しめるようになっていました。

さらには、日本からの参加者は東京子どもアンサンブルの視覚障害があるメンバー7人(全盲4人、弱視3人)が含まれていたのですが、常時、日本語もできる通訳・サポートボランティアが複数名アテンドしてくれる手厚いサポート体制でした。
韓国の文化予算と人材活用
韓国の文化予算は総額として日本の20倍以上あるという話を聞いたことがあるかもしれませんが、今回の訪問で感じたのは、そのスケール感だけでなく、若くて優秀な人材の豊富さと、そうした人的資源を活用する政府の仕組み(韓国芸術文化教育振興院)の充実ぶりでした。
1人あたりGDPだけでなく、多くのもので韓国に後塵を拝しているのではないかと実感した次第です。
プロフィール
菊川 穣(きくがわ ゆたか)
神戸生まれ。幼少期をフィンランドで過ごす。University College London地理学BA(1995年)、政策研究学(Institute of Education)MA(1996年)。(株)社会工学研究所を経て、国連教育科学文化機関(ユネスコ)南アフリカ事務所、国連児童基金(ユニセフ)レソト、エリトリア両事務所で、教育、子ども保護、エイズ分野の調整管理業務を担当。2007年に日本ユニセフ協会へ異動、J8サミットプロジェクトコーディネーター、資金調達業務に従事後、2011年より東日本大震災支援本部チーフコーディネーター。2012年、(一社)エル・システマジャパンを設立、日本ユニセフ協会を退職、代表理事に就任。公益財団法人ソニー音楽財団こども音楽基金選考委員会議長(2019年〜2021年)。公益財団法人音楽文化創造理事(2022年〜)。
