第1回「子どもの発達と愛着形成」
小児神経科医
植松有里佳
こんにちは。私は、宮城県仙台市で、4歳の娘と共に、ヴァイオリンをご指導いただいております。私は、神経疾患や発達障害などを専門に診療する小児科医をしており、診療の中では、お子さんたちの困りごとについて親御さんから様々なご相談を受けています。
その困り事というのは、発達障害児特有のものばかりではなく、どんなお子さんにも当てはまることが多いように感じます。今回の企画では、私の専門である子どもの発達という視点から、発達支援の現場で感じている、子どもの時代に大切なことについて、毎月お届けできればと思っています。
一番最初のレッスンで必要な能力
娘は、3歳になる少し前からヴァイオリンを始めました。娘がヴァイオリンを習い始めた頃の練習の一つに、足形の上に立つ練習がありました。
楽器を持って母から少し離れた場所でしっかり立つことは、大人にとって何でもないことですが、3歳の娘にとっては簡単なことではありません。楽器を持ってしっかり立つためには、一人で立つ能力が必要になりますし、立つという指示を理解する力も必要です。
しかし、単に運動能力や言語理解能力だけがあればできるというものではありません。そこには子どものどのような発達が必要なのか、今回は、子どもの発達の中で、特に「愛着形成」という視点から、紐解いていこうと思います。
愛着ってなに? どうやって育まれるの?
愛着とは、対人関係の基盤であり、人を信用して行動する能力です。
赤ちゃんは、さまざまな困難さを抱えても、泣いて訴えることしかできません。このような時に、赤ちゃんは、親御さんに抱っこしてあやしてもらったり、授乳してもらったり、おむつを替えてもらったりして、快適さを取り戻すことにより、親御さんへの絶対的信頼感を獲得します。
すなわち、赤ちゃんは、親御さんから愛情を受けて直接関わってもらうことで、愛着を形成していきます。愛着が形成されると、子どもは、人と交わって共感する喜びを知り、他者への愛情のかけ方を学んでいきます。
この愛着形成に最も重要な時期は、1歳のお誕生日を迎えるまでの時期と言われています。
愛着が育まれてこそ、親から離れられる
では、先ほどのレッスンに愛着がどのように関係しているのでしょうか。
心理社会的発達段階の中で、乳児期は愛着の対象との関係を築くことが、第一段階です。愛着の対象となる親御さんとの関係が育まれてこそ、次の段階にある食事や排泄の自立、ルールを守ること、さらにその次の段階にある自発性の発達や集団での協調や競争ということを積み重ねていけるとされています。
簡単に言えば、子どもが、自分の親御さんのことをいつでも守ってくれる、安全な場所と思えることで、少し離れた場所にも冒険に行き、他者と関われるようになるのです。
楽器を持って母から少し離れた場所で、先生の前でしっかり立つことは、3歳の娘にとっては小さな冒険です。当時は私もどうしてこんなことができないんだろう?とついイライラしてしまうことがありましたが、一人で頑張った後、寄ってきたら抱きしめてあげること、それが実は大切なことであったと今は思います。それを繰り返すことで、だんだん一人で立っていられる時間が長くなっていきます。
そして、ルールを守ることや友達と協調することができるようになる
グループレッスンで他のお友達が弾いている時には静かに聴くというルールを守ること、あの子が弾いている曲を弾きたいと思って努力すること、前述のように、実はどれも愛着がしっかり形成されていてこそできるようになることです。
つまり、親御さんとの間に愛着形成ができていなければ、約束事を守ることも友達と切磋琢磨することもできないのです。
楽器に限らず何かをお子さんが一人で頑張ってきた時、愛着の対象である親御さんが笑顔で抱きしめてあげることは、お子さんにとって何にも代えがたいものであり、それがあってこそまた冒険もできるはずです。当然と思わずに、小学生以降のお子さんも頑張ってきた時には、結果だけではなく、頑張った努力を十分にほめて抱きしめてあげてください。
このようなことを書くと、私の娘はさぞ順調に成長していると思われると思いますが、実際にはなかなか簡単ではありません。一曲弾いては先生に話しかけ、おしゃべりが止まらなくなったり、曲の途中で自分の演奏が気に入らないと不貞腐れたり…。今も先生にはたくさんご迷惑をおかけしています。私も今後ますます努力したいと思っています。
愛着形成がうまくいかないと…
愛着が形成されるとできるようになることを今までご紹介してきました。
もしも、愛着形成がうまくいかないと、子どもは、人を信頼して行動できなくなり、人間関係が上手く作れなくなってしまいます。
挨拶などの日常生活のルールや学校での決まりが守れないだけでなく、友人との遊びのルールを守れないことから、良好な友人関係が築けないこともあります。そして叱られたり、注意を受けることが増える結果、情緒の安定が得られず、いつもイライラして攻撃的になることがあります。また、眠れない、食べられないなど身体への影響も出てくることがあります。
愛着を育み続けるために
愛着形成には、1歳前が重要と書きましたが、もちろん1歳以降も十分に愛着を育むことができます。
我が家もそうですが、仕事で子どもと一緒に過ごす時間が少ないご家庭も多いと思います。そんな中でも、ぜひ親子で触れ合って身体を使って遊ぶことや、自然に親しむ遊びをすることを意識してみてください。
絵本の読み聞かせもよいでしょう。もの(ブロックなど)を使わない遊びがおすすめです。
例えば、幼少期のお子さんであれば、お馬さんごっこ、たかいたかい、ぎったんばっこん、おしくらまんじゅうなど、親子のやり取りを必要とする遊びを短時間でも一緒にやってみてください。小学生であれば、虫採りや一緒に料理を作ることも良いと思います。
親子でといえば…。我が家のヴァイオリンの練習も娘一人では気持ちがのらない時も、一緒に弾くと、最初はしぶしぶでも、そのうちに楽しそうに弾いています。
今後の予定
子どもにとって、運動能力、言語理解能力の発達が重要であることは言うまでもありません。これについては、次回以降にお伝えできればと思います。
また、今後は、こどもの発達と睡眠、こどもの発達と食事などのテーマも考えています。スマートフォンやインターネットの使い方の問題は、発達支援の現場で、幼少期から小学生以降まで幅広い層で様々な問題を引き起こしています。発達への影響やどうしたらゲームから離れられるのかにもフォーカスしたいと思います。
この連載が、楽器技術の向上と直接関係しなくても、お子さんの豊かな人生を願う親御さんの一助になればと思っています。
プロフィール
植松有里佳
4歳の女の子の母。小児科医。専門は小児神経学で、神経難病からてんかん、発達障害まで幅広く診療している。
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