第1回 「思春期」って何だろう – その1
東京大学教授
精神科医師・医学博士
佐々木 司
自己紹介
私の本職は精神科の医者ですが、大学では思春期の心の健康とそれに関連する教育について研究しています。スズキ・メソードとのご縁は深く、同指導者のさきがけでいらした大塚雪子先生(故人)に、小学校のはじめから高校までバイオリンを教えて頂きました。また2年前からは、コロナ禍で在宅勤務の増えたのを機に、子どもの頃通っていたのと同じ教室に、再び通うようになりました。今教えて下さっている先生は、私よりかなり年下ですがやはり大塚先生のお弟子さんで、私にとっては「妹弟子」にもあたる方です。
今回の連載について
この連載では、私の専門である思春期(あるいは青年期)の心について、思春期真っ盛りの、あるいは思春期をこれから迎える生徒さん、ならびに保護者の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
また、楽器の演奏を学び続けることが思春期の心にどんな意味をもつかについても、自分の経験も踏まえて、お話しできればと思います。ちなみに私のバイオリンの腕前は決して上手とは言えませんが、今まで楽器を続けてきたことは、生活の充実に確実に役立ってきたと思います。
中でも思春期・青年期とよばれる時期に楽器を習い続けたことの意味はとても大きく、もしそれがなかったら、仕事もプライベートも含めて、生活は大きく変わってしまったと思います。もちろん大人になってからも、その時々の年齢に応じて、楽器を続けることには大きな意味がありました。そんな自分の経験を含めて、お話をしたいと思います。
思春期って何?
今回は最初の回ですので、思春期とは何か、人生の中でどういう意味のある時期かについてまずお話したいと思います。
思春期とは一言でいえば、子どもが大人の入口にさしかかる時期のことです。年齢で言うと大体10歳前後から10代後半まで、学年でいうと小学校高学年から中学のはじめ頃に始まり、高校卒業から大学生の頃までと考えてよいでしょう。ただし女子の方が男子より早く始まるほか、個人差も大分ありますので、正確に「何歳から」とは言えません。
なお「思春期」と似た言葉に「青年期」という言葉があります。日本語では、「青年期」の方が「思春期」に比べて少し遅い年齢まで指す印象がありますが、英語に直すとどちらも”adolescence”で、本質的な違いはありません。
思春期の体の変化
思春期にまず気づかれるのは体の変化です。子どもの体はそれまでも成長し変化してきましたが、思春期の変化はもっと劇的です。例えば身長、体重は、思春期以前も少しずつ伸びてたわけですが、思春期に入ってからの伸びはずっと大きく、1年で身長が10㎝近く伸びることもあります。
さらに劇的なのは体の質的変化で、子どもの体から大人の体へと変わり、男女の違いがはっきりとしてきます。個人差はありますが平均すると、男子は割とがっちりとした体つきに、女子はそれに比べて丸みを帯びた体つきに変わっていきます。つまり大人の男性、女性の体に変わっていくということです。
また、女子では初潮が始まり、男子では声変わりが起こり、ヒゲがはえ始めます。これらの変化は性ホルモン分泌量の急速な増加によって起こりますが、男子では男性ホルモンが、女子では女性ホルモンが増えるため、男女の違いがはっきりしてくる訳です。なお性ホルモンの増加は、身長、体重の急速な伸びが引き金となって始まりますので、元々体の大きい子の方が、思春期の始まりも早い傾向にあります。
変化への戸惑い
このような体の変化はかなり急速に進みますので、それに戸惑いを感ずる子も稀ではありません。元の自分でなくなってしまったように感ずることもあるでしょう。私の場合、声変わりした時期に、「(自称)きれいなボーイソプラノ」があっという間にオジサンの低い声に変わってがっかりしたことを覚えています。周りが皆声変わりしていくにつれ気にならなくなりましたが、「自分の声じゃない」ように最初は感じたものでした。
思春期の心の変化
思春期は体だけでなく、心も大人に向けて変化します。変化の中で特に知っておくべきことは、自己同一性(アイデンティティー)の確立と、それに伴う仲間との関係、ほかには「感情の揺れ」が大きくなることなどです。これに伴って、親との関係から楽器を習うことの意味まで、生活に関わる様々なことが変わってきます。
このうちアイデンティティーの確立とは、「自分とはどういう者か、どういう者であるべきか」を模索し確立していくことです。ただ、この説明はちょっと抽象的なので、「社会や仲間内における自分の立場や役割」と考えて頂くと、もっと分かりやすいかもしれません。
「パパ、ママの子」から「社会の一員」に
ちなみに思春期以前の子どものアイデンティティーの基本は、「(自分の)パパやママの子、自分のうちの子」です。これは思春期以前の子どもにとっては、余りに「当たり前」で、考えるまでもないことだと思います。子どもだけでなく親の方もそのように思っているかも知れません。
これが思春期に入ると、大人に向けた成長とともに、社会の中での自分の立場や役割を模索し始めるようになります。これには将来どんな生活を送るか、どんな職業につくかなども含まれますし、今現在の社会生活の中での自分の立場や役割も、以前に増して大きな意味をもつようになります。なお社会生活と言っても、ほとんどの子どもにとって中心となる「社会」は学校ですので、学校での人間関係が子どもの心の中でより大きな位置を占めるようになります。
仲間との関係
学校での人間関係には教員との関係もありますが、より重要なのは友達(仲間)との関係です。仲間にどう思われているか・どう見られているか、仲間うちで変に見えないか、仲間として受け入れられているか、はこの時期の子どもにとって大きな関心亊です。また、思春期の仲間うちには、独自の善し悪しの基準がしばしばありますので、その基準から外れていないか、それによって仲間から外れてしまわないかにも神経質になりがちです。
思春期は自意識過剰
子どもが気にする「基準」の中には、大人の目から見たらどうでも良いこと、「何でそんなことまで気にするのか」理解できないことも含まれます。例えば髪型やスカートの長さ、身につけている物の種類など、外見に関する些細なことや、SNSへの返事が一瞬たりとも遅れてはいけないといった行動に関することです。もう少し年齢が上がって振り返れば、本人たちでさえ「バカバカしい」と思うことも多いのでしょうが、思春期の子どもたちには真剣な問題のようで、仲間の基準からずれないように一生懸命です。「自意識過剰」と言っても良いでしょう。
なお外見に関する関心のなかでも、自分の体型への関心は、病的な過剰に及ぶこともあります。摂食障害などです。これについては、また別の回に触れられればと思います。
そろそろ字数がいっぱいとなりますので今回はここまでとし、次回にこの続きを説明していきたいと思います。
佐々木司
東京大学教授、精神科医師・医学博士。小学校入学後よりスズキ・メソードでヴァイオリンを習う。東京大学医学部医学科卒後、同附属病院精神科で研修。クラーク精神医学研究所(カナダ、トロント市)に留学。東京大学保健センター副センター長、同精神保健支援室長(教授)などを経て、現在、同教育学研究科健康教育学分野教授。思春期の精神保健、精神疾患の疫学研究、学校の精神保健リテラシー向上などに取り組んでいる。日本不安症学会理事長、日本学校保健学会常任理事、日本精神衛生会理事を兼務。
佐々木先生、大変興味深い連載をありがとうございます。
この連載は、先生からの発信だけでなく、皆様からのご質問にもお答えいただく形でも進んでまいります。
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