第2回 脳の成長・発達と思春期
東京大学教授
精神科医師・医学博士
佐々木 司
前回は、思春期が体と心が大きく変化する年代であること、このうち体の変化については、それまでのように単に「大きくなる」だけでなく、大人の体に向けた質的な変化が起こり、そのことへの戸惑いも起こりやすいことをお話しました。また心の変化については、自分のあり方や役割を模索する年齢に入って親や友達との関係が大きく変化すること、仲間にどう受け入れられるかに敏感で、自意識過剰となりやすいことなどをお話しました。
今回からは、心に関することを中心により詳しく説明していきたいと思います。なお今回は、今後の理解の助けとなるよう、思春期の心の背景にある脳の成長・発達を中心に話を進めます。少しかたい話になるかもしれませんが、生徒の皆さんには理科のお勉強も兼ねて読んでもらえればと思います。
思春期の若年化
前回、思春期は体の急速な伸びとともに始まること、そのため体の成長の早い子の方が思春期の始まりも早い傾向にあるとお話しました。実はこれと同じ理由から、今の子どもは昔の子どもより思春期の始まりが早くなっています。
日本人の体は第二次大戦後、特に高度経済成長以後、食事の変化とともに随分大きくなりました。この変化、大人だけでなく子どもにも見られます。今の子どもは昔の子どもよりずっと背が高く、思春期がスタートする体格に達する年齢も低くなりました。その結果、思春期の始まりも早くなっている訳です。この「思春期の若年化」は日本だけでなく、他の先進国でも同じように進んでいます。ちなみに私と私の子どもは成人後の身長は大体同じなのですが、私には中1で起こった様々な変化が、子どもでは小学校6年生の時に起こり大変驚いたことを、今でもよく覚えています。
この若年化現象は、厄介な問題もはらんでいます。というのは、脳の成熟は体の成熟のように早くなってはいないからです。このため今の子どもは、昔より脳が未成熟な年齢で思春期を迎え、また思春期の期間も長い(早く始まっても、終わりは早くなっていない)と考えられます。
気持ちの揺れ
未成熟な脳で思春期を迎えることがどんな問題につながる可能性があるのかを説明しましょう。
プロフィ-ル
佐々木司
東京大学教授、精神科医師・医学博士。小学校入学後よりスズキ・メソードでヴァイオリンを習う。東京大学医学部医学科卒後、同附属病院精神科で研修。クラーク精神医学研究所(カナダ、トロント市)に留学。東京大学保健センター副センター長、同精神保健支援室長(教授)などを経て、現在、同教育学研究科健康教育学分野教授。思春期の精神保健、精神疾患の疫学研究、学校の精神保健リテラシー向上などに取り組んでいる。日本不安症学会理事長、日本学校保健学会常任理事、日本精神衛生会理事を兼務。