5.「能力」を深掘りする
皆さんこんにちは。Fruitful編集部です。
スズキ・メソードと言えば、人間にとってこの上なく自然なやり方で能力を高めるメソードとして、世界中で評価を得ています。今回のスズキ的LifeHacksは、スズキ的に「能力」について考えてみたいと思います。
いつものように、これまでの投稿と重なる部分がたくさんありますが、螺旋階段のように繰り返し学習することがスズキの根幹です。知識を何度も上塗りして、定着させていきましょう。
「能力の種」が育つ土壌をつくる
もしもあなたが何かの能力を育てたい、伸ばしたいと思うなら、まずはその能力が育つための土壌、つまり環境づくりから始めるのが良いでしょう。
これは至極当然のことです。必要な道具やウェアを買い揃えるなどなど、まずは形から入るのもアリですし、入門書を買って読み始める、初心者向け動画を見始めるのも一つの方法です。
あるいはもっと大掛かりに、部活やサークルに所属したり、スクールに通ってみるのも良いですね。とにかく、能動的、積極的に一歩を踏み出してみましょう! そこから、すべてが始まります。
しかし、環境づくりはそれでは終わりません。自分の身の周りを、意識的に、その育てたい能力に関係づけ、関連させていくのです。
例えば、語学の能力を伸ばしたいのであれば、プライベートの時間に見るもの、聞くものを段々とその学びたい言葉のものに置き換えていったり、スポーツ関連の能力を伸ばしたいのであれば、目につくところ、手の届くところに必要な筋力を鍛えられるグッズを置いたり、楽器を始めるのであれば四六時中その楽器の名演奏を見聞きしたりという風に、実際に集中してその対象に取り組んでいないときにも、いつも周囲に感じられるようにする。
これが、能力の育つ土壌=環境づくりです。
「能力の種」は、土の中で育つ
さて、実際に能力づくりを始めてみると、上手くいくこともあれば、いかないこともあり、場合によっては最初期の自分の出来なさ具合に辟易とすることすらあります。
しかしながら、「能力の芽」が地上にあらわれるまでは、種が土の中でゆっくりと根をはり、外の世界を目指して少しずつ若芽を伸ばしていく時間が必ずあり、決して欠かすことはできません。ましてやそこに身体的だったり年齢的な要素などが加われば尚更のこと、じっくり発芽を待ちましょう。
逆に言えば、すぐには結果が出なくても全く焦る必要はありません。必ず目に見えないところで芽は育っています。
しかも、誰しも初めは拙くて当たり前!
おぎゃあと生まれて、最初からフルマラソンを走り切れる赤ちゃんはいません。何を悪びれることもなく、思いっきり「ハイハイ」から始めましょう!

あらためて赤ちゃんに学ぶ、人間が能力を開花させるプロセス
スズキ・メソードの出発点、それは「母語教育法」です。
赤ちゃんが言葉を覚えていく仕組みを、あらゆる教育に応用したものがスズキ・メソードです。だから、人間にとって最も自然な能力育成法と言えるわけです。
赤ちゃんが生まれてから、言葉を覚え、実際に話せるようになるまでには、当然時間がかかります。ましてや、ある程度のレベルで使いこなせるようになるまでには、何年かかることでしょうか。
しかし、だからと言って、そのレベルになる年齢——例えばそれが5歳だとして、「どうせ今、言葉を教えてもきちんと話せないのだから、5歳まで話しかけるのは止めよう」などと考える親はいません。
生まれたその瞬間から毎日、何時間も、言葉のシャワーをいっぱいに浴びて、そのうちに拙くても一所懸命に、まだ言葉とも呼べないようなことを発し、それがだんだんと単語になり、文になり、文章になる。
そうした環境があるからこそ、小さな命の中にも「能力の種」が蒔かれ、目に見えないところで育っていきます。
拙い段階があっても、それが当然であり、必要不可欠なプロセスであることを、あらためて思い起こしたいところです。
「能力の芽」に、水をやろう
努力をコツコツと積み重ねていれば必ず「能力の芽」が地表に顔を出し始めます。
しかし、一旦顔を出し始めさえすれば、後は勝手にどんどんと育つ、という訳にはいきません。水をやり、太陽に当て、栄養を与え続けなければいけません。
それはつまり、この連載で何度も書いている通り、それを何度となく正しいやり方で練習し、身を置く環境をさらに充実させ、触れる機会を増やしていくことです。それによって、ひとつの能力が確実に自分のものになっていきます。
能力が、「身体化」していくのです。
身体化した能力が、自由を生む
能力が身体化して、はじめてそこに自由が生まれます。最初は決まった型どおりにしか出来なかったものも、積み重ねと共にどんどんと自由度が増し、幅が生まれ、延いてはこれまでにない表現にまでたどり着くかもしれません。
芸術でもスポーツでも、言語でもスキルでも、能力が血肉化してこそ、新しいレベルに到達が可能です。
反対に、身体化されていないのであれば、それはまだ本当の能力とは言えないのかもしれません。
能力のネットワークが出来る
ひとつの能力が次の能力の土台をつくることは、以前にもここでご紹介いたしました。
時には、一つの能力がまた別の能力を使いこなすためにとても有効になることもあります。
様々な能力が自分の内側に構築され出来上がっていくと、その能力どうしがネットワークのように働きだし、以前身に付けておいた力が全く別の場面で役に立ったりといった経験を思わぬところですることがあります。能力が共鳴し合うといっても良いかもしれませんね。
音楽で培ったリズム感がスポーツで役に立ったり、スポーツで鍛えた体感が疲労を遅らせることで集中力につながったり、数学的能力が論理的思考につながったり、語学の能力が多様な文化的背景を理解する力につながったり、またその力が芸術をより深く味わう力のベースとなったりと、こうした能力どうしのネットワークベースがあることは人間を非常に力強くしてくれるはずです。
「能力の身体化」の危機的状況
自分の内側に、ある能力が身に付き、自分のものとなっていくことを、「能力の身体化」と表現しました。
この能力の身体化が、現代では危機的状況にあるように思います。生成AIなどのテクノロジーの進化によって、無理してわざわざ能力を身体化しなくても、身体の外側に置いておけるようになったのです。
分からないことがあればいつでも携帯からその場で必要な知識が得られるなら、それを時間をかけて覚える必要はなくなります。機械的に自動化された移動手段があるなら、足腰を鍛える意味はないとも言えます。
確かにAIにレポートを書いてもらうことで、レポート自体は作れます(現在のAIの技術ではまだ十分なものは無理でしょうが)。
しかし、特に学生がレポートを作る目的は何かと言われれば、それはもちろん、それを通じて学習することです。レポートだけ完成しても、目的は達成されないことになります。
あくまで、身体化された能力を持つ自分が主体となり、自分をさらに高めるためのサポート役にテクノロジーを使うことができるのであれば、それは大いなる助けとなるでしょうが、主体がテクノロジーとなり、人間がただボタンを押すだけの存在となってしまう様では、確実にその人はテクノロジーに代替されることでしょう。
これからの未来は、能力を身体化した人と、そうでない人との差が拡大し、格差ができてしまう可能性があります。どちらに属するのが良いのかは・・・言うまでもありませんね。
しかし心配する必要はありません。能力は、正しいプロセスさえ守れば、だれでも、いつからでも育てることが可能なのですから。
いかがでしたでしょうか?
皆さんの普段の生活の中にも当てはめられそうなことはございましたでしょうか?
スズキ的「能力」のアイディアが、共有できましたら幸いです。
もしも「イイナ」と思ったら、早速実行をお忘れなく。
ではまた次回まで。

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