第7回 思春期とメンタルヘルスの問題
東京大学教授
精神科医師・医学博士
佐々木 司
今回は私の専門であるメンタルヘルスの問題について、思春期との関わりを中心にお話したいと思います。
メンタルの病気は高頻度
思春期との関係をお話する前に、メンタルの病気の一般的な特徴についてお伝えしたいと思います。
まず知ってほしいことは、メンタルの病気になる人は思いのほか多いということです。
2007年に発表された国際共同研究のデータによれば、一生の間に何らかのメンタルの病気にかかる人は、わが国では24%と推計されました。つまり4人に1人位の割合です。この割合は世界的にみて決して高い方ではありません。他の国をみると、割合の高い国では2人に1人位、低い国でも5人に1人位でしたから、日本の4人に1人はどちらかと言うと低い方です。
病気の種類別でみますと、うつ病やその仲間である「気分障害」にかかる人はわが国では14%、社交不安症やパニック症、強迫症など、不安症やその関連疾患にかかる人は9%と推計されました。メンタルの病気がいかに一般的なものか理解できると思います。
メンタルの病気は思春期に増え始める
図1は様々なメンタルの病気について、発症年齢の分布を示したものです。
幼児期・学童期から障害がはっきりしてくる発達障害を除くと、いずれの病気も10代から20歳頃に発症のピークがあり、かつ10歳頃から発症が増加し始めることが分かると思います。これは思春期の始まりとともに発症が増え始めると考えて頂いて良いと思います。
また10歳頃から発症が増え始めるのは、思春期特有の病気ではありません。大人がかかるのと同じ病気が、この年齢から増え始めます。思春期は大人の始まりですので、病気についても大人の病気が増え始めるわけです。
発症と受診のズレ
発症年齢がこれほど早いことは、もしかしたら皆さんがメンタルの病気について抱いているイメージとずれているかもしれません。その理由は色々考えられますが、一つは、医療機関に受診する年齢が症状の始まりより遅いことにあるかも知れません。
メンタルの病気の多くは、現状では、症状の始まりから受診まで数か月、場合によっては何年も時間がかかることが多く、そのことが発症年齢のイメージに影響している可能性があります。
もちろん始まりのピークが10代中頃から20歳頃にあると言っても、図をよく見れば分かる通り、もっと遅く病気の始まる人も沢山います。それも皆さんのもつイメージに関係しているかと思います。
生活への影響
メンタルの病気では、単に症状が出るというだけでなく、生活も影響を受けます。もちろん身体の病気も含め、どんな病気も生活には影響しますが、メンタルの病気では、影響を受ける時期が長いのが特徴的です。身体の病気で言えば癌や糖尿病、リウマチといった、治療が長期間に及ぶ病気と似たところがあると言えるでしょう。
学校・学業への影響
生活への影響と言いますと、大人なら仕事や収入、家事への影響をまず思いうかべると思いますが、思春期の子どもの場合は、何といっても学校生活への影響です。
学校での人間関係と学業成績、いずれも影響を受ける可能性があります。
このうち人間関係については、対人場面での不安・緊張が高まったり、疲れや落ち込みで人との付き合いが大変になる・辛くなることなどがあげられます。
影響が蓄積することも
学業への影響はよりイメージしやすいと思います。メンタルの不調や病気では、疲れやすさや集中力の低下が起こりやすいため、勉強に集中できない、授業についていきにくい、といったことが起こりがちです。勉強が進まず成績が振るわなくなることも、起こりえます。
なお勉強で厄介なことは、遅れが蓄積しやすいことです。科目による違いはありますが、学校の勉強は内容を積み重ねていくことが多いため、先に教わったことが身についていないと、次の勉強も難しくなりがちです。これを防ぐには、できるだけ早期に不調のケアを始めることが大切です。
不調イコール病気ではない
メンタルの不調には病気も含まれますが、病気とまでは言えない場合も少なくありません。中には誰にでも普段から起こる一時的な問題も多々あります。
例えば気分の落ち込みを例にとりますと、何日も何週も気分が落ち込み続け、意欲も集中力も低下し、生活も大きく影響を受けているような場合は、うつ病や他の精神疾患によるうつ状態などの可能性を考えてみる必要があります。
一方で「期末試験で気分が重かったけど、試験が終わったら気も晴れた」とか、「好きな子にふられてショックだけど、ほかの友達と話してれば大丈夫。勉強や部活にも集中できるし」という場合なら、思春期の子によくある一時的落ち込みで、病気と考える必要はない訳です。
区別がつきにくいことも
もし病気を疑うなら、専門家への受診を含めたケアが必要になってくる訳ですが、病気かもしれないけど違うかも、と迷うこともあります。どちらか判断がつかない場合には、一度専門家の意見を聞いてみることをお勧めします。
実を言うと、精神科*の医師にも病気として治療すべきか否か、すぐには判断のつきにくい場合もあります。先にあげた例のように、個々の症状は、普段から経験することと重複する場合も多いからです。その場合には医師とともに慎重に経過を観ていくのが良いと思います。また当然のことですが、症状が強い場合、激しい場合、死にたい気持ちが出てきている場合などは、できるだけ早い受診を考えてください。
(*多くの医療機関では「心療内科」「メンタルヘルス科」など印象の柔らかい科名が使われていますが、実際にはほぼ全て「精神科」です。世界のどこに行っても、メンタルの病気の治療は基本的に精神科医が行っています)
注意のポイント
病気かどうかの判断には、不調が一時的か続いているか、繰り返し起きていないか、それによって生活への支障が出ていないかを考えてみる必要があります。また不眠が続いていないか、食事量が減ってないかにも注意してください。
食事量については、この年代の女子は、ダイエットを気にして食事量を自分で制限している場合もあります。ただ極端なダイエットで、体重減少が著しい場合、身長は伸びているのに体重が増えない場合などは摂食障害の可能性もあるので注意が必要です*。
(*大人と同程度の身長なら、BMI=体重(kg)/{身長(m)}2が18.5以下は痩せ、10台前半は極端な痩せと考えてください)
口数や表情
口数が減った、表情が硬くなった・乏しくなったなどもメンタルの不調を反映している可能性があります。
ただ思春期は親との関係を含め変化の大きな時期ですので、そのような変化があるからと言って、100%「メンタルの不調だ」という訳ではありません。その意味で普段からの親子のコミュニケーションを思春期になっても維持しておくことが大切です(しつこくなり過ぎない程度にですが)。
不調を防ぐ工夫
今回は少し重たい話となりましたが、次回は、これらメンタルの不調を防ぐ工夫に焦点をあててお話したいと思います。
睡眠、運動、気分転換、仲間との交流といったことを中心に、音楽と楽器演奏も含めてお話します(音楽・楽器演奏は気分転換、仲間との交流の両面で重要です)。
また睡眠に影響する問題として、スマホやゲームへの依存があります。これらの依存には効果的治療法が確立されておらず、早い年齢からの予防教育(家庭内で約束や、親の生活習慣を含む)が大切なのですが、それについてもお話したいと思います。
読み込んでいます…佐々木司
東京大学教授、精神科医師・医学博士。小学校入学後よりスズキ・メソードでヴァイオリンを習う。東京大学医学部医学科卒後、同附属病院精神科で研修。クラーク精神医学研究所(カナダ、トロント市)に留学。東京大学保健センター副センター長、同精神保健支援室長(教授)などを経て、現在、同教育学研究科健康教育学分野教授。思春期の精神保健、精神疾患の疫学研究、学校の精神保健リテラシー向上などに取り組んでいる。日本不安症学会理事長、日本学校保健学会常任理事、日本精神衛生会理事を兼務。
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