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脳科学から見る子育てと教育 7

2025 12/12
脳科学から見る子育てと教育
アナログ デジタル ワーキングメモリ 子育て 学び 教育 睡眠 脳科学
2025年12月12日
細田千尋

第7回 デジタル教育は子どもの脳に何をもたらすのか

―増えるデジタル学習と、脳への影響を考える―

東北大学
認知行動脳科学
細田千尋

近年、学校教育の現場でタブレット端末やAIを活用した学習が急速に広がっています。小学生のころからスマートフォンやタブレットに慣れ親しむ「デジタルネイティブ」世代が登場し、家庭でも学習でも、子どもたちが画面に向かう時間(スクリーンタイム)は確実に増えています。

文部科学省や民間の調査によれば、日本では小学校高学年の約4割、中学生の約7割がスマートフォンを所有しているといいます。

一方で、「画面の見すぎが子どもの脳発達に悪影響を与えるのでは」と不安を抱く保護者や教育関係者も少なくありません。実際、デジタル機器が子どもの脳機能や学習にどう影響するのかについては、いまも議論が分かれています。

ここでは、脳科学の知見をもとに、タブレット学習やAI教材などのデジタル教育が脳に与えるプラス面とマイナス面を中立的に見ていきます。

Contents
  • 世界最大規模の脳研究が示す「使い方次第」
  • デジタルとの賢い付き合い方
  • バランスを保つ力が未来を左右する

世界最大規模の脳研究が示す「使い方次第」

米国の「ABCD研究(Adolescent Brain Cognitive Development)」は、世界最大規模の児童コホート研究です。1万人以上の子どもを10年以上追跡し、脳画像とデジタルメディア利用の関係を調べています。

最新の結果によると、日常的なデジタルメディア使用が4年間の脳の構造発達に与える影響はごくわずかで、統計的にも有意な変化は確認されませんでした。唯一、SNSのヘビーユーザー群で小脳の発達にわずかな変化が見られましたが、その差は4年で3%にも満たず、意味があるとは言えない程度です。また、脳のネットワーク構造(機能的つながり)を解析した研究でも、変化の大きさは「効果量0.2未満」とごく小さく、スクリーン時間が脳を大きく乱す証拠は今のところ見つかっていません。

一方で、生活習慣と認知機能の関係については重要な知見が得られています。カナダや米国の健康指針で推奨される「娯楽的スクリーン時間を1日2時間未満」「十分な睡眠」「適度な身体活動」の3条件のうち、特に前2つを満たした子どもは、記憶や言語能力、実行機能などの認知テストの成績が明らかに高い傾向を示しました。

娯楽目的のスクリーン時間が2時間を超えると、認知スコアが低下する傾向が見られ、「1日2時間以内に抑えること」が一つの目安になると考えられています。これは因果関係を断定するものではありませんが、少なくとも「十分な睡眠と運動、適度なデジタル利用」を両立する生活が、子どもの脳の健やかな発達に良い影響をもたらすことを示唆しています。

さらに興味深いのは、使うコンテンツによって脳や認知への影響が異なる点です。

同じABCD研究の一部では、動画やSNSよりも「ビデオゲーム」に多くの時間を使う子どものほうが、衝動の抑制やワーキングメモリ課題の成績が良いという結果が報告されています。約2,000人の9〜10歳児を対象にした研究では、1日3時間以上ゲームをする子どもは、まったくゲームをしない子どもに比べて課題反応が速く正確で、注意や記憶に関わる前頭・頭頂ネットワークの脳活動も高かったといいます。

研究者は「ゲーム中に求められる判断や記憶操作の繰り返しが、脳の関連領域を鍛えている可能性がある」としています。ただし同時に、ゲーム時間が長い子どもほど、不注意傾向や抑うつ気分がやや高いという報告もあり、使い方とバランスが大切であることがわかります。

デジタルとの賢い付き合い方

デジタル技術の恩恵を受けるためには「コントロール」が欠かせません。

どんなに優れた教材でも、使いすぎれば害になります。AIが答えをすぐに教えすぎると、子どもの「考える力」を奪ってしまうこともあります。研究のレビューでも「デジタルの影響は、コンテンツの質・利用時間・使い方次第で良くも悪くもなる」と指摘されています。

米国小児科学会は、「5〜17歳の子どもは娯楽目的のスクリーン時間を1日2時間以内に」「就寝1時間前は画面を見ない」と推奨しています。また、教育的なアプリや読書を取り入れる一方で、刺激の強い動画やSNSは避けることが望ましいとされています。

実際、本を読む時間が長い子どもほど言語系の脳ネットワークが発達し、逆に長時間のスクリーン利用はその結合を弱めるという研究結果もあります。親子で読書や会話を楽しむ時間は、デジタル学習には代えがたい「脳への栄養」と言えるでしょう。

バランスを保つ力が未来を左右する

これまでの研究から、適度なデジタル利用が神経発達に深刻な悪影響を与える証拠は確認されていません。しかし、長時間利用や依存傾向による弊害が一部で現れているのも事実です。

重要なのは、過度に期待するのではなく、適切なルールを設けて賢く使うことです。デジタル教育は今後ますます進化していくでしょう。そのとき鍵を握るのは、テクノロジーを恐れず、かといって盲信せず、バランスの取れた姿勢で向き合うことです。

子どもたちの未来を支えるのは、テクノロジーだけではなく、彼らの脳と心をどう育むかを考える私たち大人の姿勢なのかもしれません。

プロフィール

細田千尋
東北大学 加齢医学研究所 認知行動脳科学研究分野 准教授。
東北大学大学院情報科学研究科 准教授。
東京医科歯科大学博士課程修了。博士(医学)。内閣府主導ムーンショット型研究開発事業プロジェクトマネージャー、内閣府・文部科学省が決定した“破壊的イノベーション”創出につながる創発的研究支援研究代表者など複数の国家プロジェクトの研究代表を務める。International symposium Adolescent brain & mind and self regulation Young investigators Award June受賞、成茂神経科学賞受賞など受賞多数。仙台市学習意欲の科学的研究プロジェクト委員。PRESIDENT にコラム「脳科学で考える世の中のウソ・ホント」 を連載中。NHK 「思考ガチャ」、NHK Eテレ「バリューの真実」、日テレ「カズレーザーと学ぶ」などメディア出演多数。近著に「脳科学が教える 一瞬で心をつかむ技術(PHP研究所)」

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