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脳と能力 10

2026 5/08
脳と能力
スズキ・メソード 中高生から 子育て 学び 小学校高学年から 教育 母語 脳科学 親子で 音楽
2026年5月8日
酒井邦嘉

連載第10回 「スズキ・メソードの極意」

東京大学教授(言語脳科学者)
酒井 邦嘉

この連載では、年齢とともに脳やその能力がどのように発達していくのか、脳のそれぞれの部位がどんな働きをするのか、その仕組みなどを初歩から解説しています。今回は、この連載を担当してくださっている編集部からいただいたご質問に、直接お答えしたいと思います。私の近著である『AI脳クライシス』(集英社、2026年)から、スズキとの共同研究(以下では単に「共同研究」と書きます)について紹介した部分を引用しながら、説明を加えてみます。

2026年5月11日発売

◇

Q:
スズキで小さい頃から育つ場合とそうでない場合とで、脳の使い方はどう変わるのでしょうか?

A:
脳の能力が大きく変わると科学的に予想できます。共同研究からは、長期的な練習の効果と同時に、数日間の短期的な効果も明らかになっています。わずか一週間でも脳の活動が変化するわけですから、それが年単位で積み重なることを考えれば、相当な変化になることが分かりますね。

スズキ・メソードでは、優れた演奏を聴いて「耳コピ」することが良い練習法として確立しています。どの楽器にも固有の難しさがあり、それぞれに特化したトレーニングや教則本に従うのが一般的ですが、「音楽そのもの」の理解を深めるには、鍵盤楽器・管楽器・弦楽器・打楽器といった多様な楽器に触れることで、「美しい音」に対する普遍的な感覚が身に付くと考えられます。

これを言語に置き換えると、多言語の習得を通して「言語音」に対する普遍的な感覚が身に付くということになります。英語だけでなく、ほかの言葉を同時に習得するのがおすすめです。

2025年に発表した共同研究によると、複数の楽器の習得経験がある人では、脳で言語を司る「言語野(げんごや)」の中でも要(かなめ)となる、「文法中枢(ぶんぽうちゅうすう)」が有効に活用されていることが実証されました。

音について着目すると、言語学と音楽に共通した二つの用語がポイントとなります。

一つは「フレージング」で、音や単語どうしをつなぎ、まとまりとなるフレーズ(句)の外に区切りの「間」を入れることです。

二つ目は「アーティキュレーション」で、複数の音に抑揚(よくよう)(強弱や高低のアクセント)や緩急の変化をつけて、フレーズを作ることです。

2021年に発表した共同研究によると、ヴァイオリン等の楽器を5歳頃より習得してきた中高生は、9歳以降に習得を始めた楽器経験者や未経験者と比較して、音楽判断に対する脳活動が活発になっていました。

特に、曲のテンポを判断する条件では、左脳で聴覚を司る「聴覚野(ちょうかくや)(や)」や右脳を含め、複数の領域に活動が見られ、これはスズキ・メソードで学んだ生徒だけに特有な脳の活性化でした。その活動領域には、記憶を思い出す時に働く「海馬(かいば)」も含まれていました。なお、言語に関連した右脳の活動は、左脳の活動を助ける働きがあると考えています。

また、先ほどの「文法中枢」は、アーティキュレーションを判断する条件で特に活動が増えました。これは、スズキ以外の生徒も含めて、音楽経験によらない活動であることが確かめられました。

このことから、アーティキュレーションによる音楽表現の解釈と、言語の解釈には、脳の働きに共通性が見られることが分かります。

フレージングとアーティキュレーションにより個々のフレーズが際立ちますし、複数のフレーズどうしをさらにつなげられるようになります。そうして言葉や音楽の「構造」が把握しやすくなるわけです。このような理由で、音楽に才能のある人は多言語に堪能(たんのう)だと言えそうです。

編集部註

言語において、どの単語がどの単語にかかっているのか、あるいはそのかたまりがまた別のどの言葉にかかっているのかを「構造」的に理解することは、文章を正しく理解するうえで非常に重要です。
「カッコイイ酒井先生の楽器」という文では、
  ・「カッコイイ酒井先生の」→「楽器」なのか、
  ・「カッコイイ」→「酒井先生の楽器」なのか、
文脈的にどちらの解釈がより妥当なのかを瞬時に読み取ることが肝要となります。それが出来れば、読解力の基礎力も高まりますね。上の図のようにツリーを用いて文の構造を把握する「生成文法」も、酒井先生の研究分野の一つです。それを音楽の構造理解にも当てはめているところが酒井先生ならではの視点ですね!

朗読の事前準備を「下読み」と言いますが、演奏の事前準備は「譜読み」が一般的です。共同研究では、中級者が新しくピアノの曲を始める際、数日間の練習において音源を聴くことから入る方が、譜読みから入るよりもその曲が正確に把握できることが示されました。

これを読書に置き換えれば、オーディブルの方が正確に脳に刻まれやすいということですから、音声教材は学習効果が高いと言えます。

なお、楽譜を読んで練習すると、音源を聴いて練習した場合と比較して、後でその曲を思い出す時に動員される脳活動の範囲が右脳を含め広くなり、余分な負荷が生じやすくなります。その意味でも、「耳コピ」のほうが自然で理にかなっているというわけです。

◇

スズキ・メソードは、赤ちゃんの自然な母語習得を可能にする人間の高度な能力に注目して、それを楽器演奏習得に応用した「母語教育法(ぼごきょういくほう)」です。そうした言語と音楽に普遍的な教育法の重要性が、共同研究で科学的に明らかとなりました。

言語の自然習得を音楽教育の理想と捉(とら)えた鈴木鎮一先生の発想は、科学的にも時代を先取りした卓見だったと言えましょう。

スズキ・メソードは、「全人教育(ぜんじんきょういく)」でもあります。それは、生徒の個としての能力を信頼し、引き出すことを目指す理想的な教育法なのです。

多くの保護者は「バランスよく育てたい」と考えるあまり、わが子がヴァイオリンばかり弾いていると、不安に思いがちです(私の親もそうでした)。しかし、全人教育では、特定の知識だけでなく感情や意志もよく調和することを目指すものですから、一芸に秀でる人は、将来どんなことでも究めていけるだけの素地(そじ)を持っています。このことは、共同研究の始めからご一緒させていただいている、理事長の早野(はやの)龍(りゅう)五(ご)先生や、フルート科特別講師の宮前(みやまえ)丈(たけ)明(あき)先生が、学問的にも優れた天分を発揮されていらっしゃることから明らかでしょう。

スズキ・メソードは「暗譜(あんぷ)」を大切にします。私は先日の第55回グランドコンサートにご招待いただいて、みなさんの一糸乱れぬ演奏に、たいへん感銘を受けました。暗譜を通して奏法が頭に入って初めて、音楽的な表現に専念できるのだと思います。これも、脳の使い方の重要な極意(ごくい)ですね。

スズキ・メソードの創立80周年を心よりお祝い申し上げ、これからも才能教育でさらに多くの生徒が未来に羽ばたいていくことをお祈りしています!

編集部より
今回も酒井先生のお考えに即し、印刷用PDFを作成しました。是非お教室やご家族でご活用ください。

脳と能力 10 PDFダウンロード

酒井先生に脳に関する質問をしよう!

この記事は皆様からの質問で成り立っています。たくさんの質問をお待ちいたしております!

プロフィール

酒井邦嘉(さかい くによし)
専門は言語脳科学で、人間に固有の脳機能をイメージング法などで研究している。1964年、東京都生まれ。1992年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、理学博士。1992年東京大学医学部 助手、1995年ハーバード大学 リサーチフェロー、1996年マサチューセッツ工科大学 客員研究員、1997年東京大学大学院総合文化研究科 助教授・准教授を経て、2012年より現職。同理学系研究科物理学専攻 教授を兼任。2002年第56回毎日出版文化賞、2005年第19回塚原仲晃記念賞など受賞。著書に『言語の脳科学』(中公新書)、『脳を創る読書』(実業之日本社)、『芸術を創る脳』(東京大学出版会)、『チョムスキーと言語脳科学』(インターナショナル新書)、『脳とAI』(中公選書)、『科学と芸術』(中央公論新社)、『勉強しないで身につく英語』(PHP研究所)、『デジタル脳クライシス』(朝日新書)『AI脳クライシス』(集英社)など。

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