
スズキ的LifeHacks ~生活の中にスズキを~7
7.「比較」を深掘りする
「〇〇ちゃんはもう出来るのに、どうしてあなたは……?」
子どもの習い事やスポーツの練習を見ていて、ついそんな言葉が口から出て、後悔した経験はありませんか?
親としては「もっと上手くなってほしい」という一心のアドバイス。しかし、伝え方を一歩間違えると、子どものやる気を奪い、楽しさを消し去ってしまう危険があります。
では、どうすればいいのでしょうか? 鍵を握るのは「比較」の仕方にあります。ある視点を持って向き合い方を変えるだけで、親の言葉は子どもの成長を劇的に支える『ポジティブなアドバイス』へと生まれ変わるのです。
今回は、世界に広がる音楽教育『スズキ・メソード』の知恵をもとに、子どものやる気を奪う罠を回避し、自発的な成長を引き出す「ポジティブな比較」の活用法をご紹介します。
そもそも「比較」は悪者? 成長の入口としてのデータの見方
「何故だか雨の多かった今年の夏」ですが、この何気ない一文にも「例年に比べて」「去年と違って」という観点が背後に介在します。つまり「比較」がここでも活用されていますね。
こうした客観的な記録やデータの「比較」は、研究開発の分野や科学的分野のみならず、日常の様々な場面で、知らず知らずのうちに行われています。
反対に、こうした比較を行わずに日々の生活をすることはもはや不可能といっても言い過ぎではないでしょう。それ程までに「比較」は普段の思考や言動に深く入り込んでいます。
また、こうした比較検討が出来るからこそ、人類がここまで発展を続けてきたのだ、ということは断言できるでしょう。
「人と人」の比較には要注意! 子どもの心を左右する3つのカテゴリー
しかしこれが、データとデータなどではなく、人と人との「比較」となると、ここに様々な注意点が存在します。特に自分自身を向上させたいとき、あるいは他者を向上させたい教育の場面においては、ことさらに注意が必要です。
ここで、人と人との「比較」を三つのカテゴリーに分けて考えたいと思います。
- 一つ目は「自分と自分を比較」
- 二つ目は「自分と他者を比較」
- 三つ目は「他者と他者を比較」
この三つです。
①【自分と自分の比較】過去のプレーや演奏と比べる「ポジティブな改善」
まずは「自分と自分を比較」するとはどういうことか、考えてみましょう。
自分と自分を比較するとき、それは「過去の自分」と「現在の自分」を比較しているということだと思います。
例えばサッカーでフリーキックの技術を高めようと思っているとすれば、今のプレーと1つ前のプレーではキックの質がどう違ったのか、その結果ボールの軌道はどうだったのか、などなどを比較して考えることとなります。その結果、何が功を奏して以前より上手くいったのか、あるいは反対に何が原因で悪い結果につながってしまったのかをその都度検討し、次の「より良い一本」につなげていくことでしょう。
これはより良い結果を目指して自分を改善する、非常に「ポジティブな比較」であると言えそうです。
もし、読者が指導者や親の目線で傍らから生徒やお子さんを応援する立場でしたら、自分と向き合い考えを巡らせている本人の思考を尊重しつつ、より客観的な視点から上記のプロセスに沿った助言をすることもできるでしょう。

②【自分と他者の比較】理想の姿をお手本にするか、環境のせいにして諦めるか
次に、「自分と他者を比較」するケースについて考えてみましょう。
例えばピアノの練習をしていて、お手本の演奏と自分の演奏とを比較し、どうしてお手本はこのように美しい音が出せるのかを一所懸命に考え、先生にレッスンでいただいたアドバイスを思い出し、コツコツと練習してはまたお手本を聴いてみる・・・こうした地道な努力の積み重ねで、一歩一歩、理想の音に近づいていく。楽器を練習する者であれば、誰しも辿る道です。
こうした、手本としている人物や教わっている先生、もしくは「理想像」などと、自分の今の有り様を比べて向上を図ること、これもまた非常に「ポジティブな比較」と言えます。
しかしながら、そうした地道な練習の繰り返しにも関わらず、なかなか結果が出ないときに、それを「楽器が悪いせいだ」「自分の指の長さが問題だ」「響きのない環境で弾いているせいだ」などと考えてしまっては、それはむしろ「ネガティブな比較」となってしまいます。
これでは逆に努力することを放棄してしまいそうですね。与えられた環境の中で最善を尽くすことを止めてしまっては、それ以上の向上は望めなくなってしまいます。
また今述べたような、自分より上の存在との比較ではなく、友人や同僚、もしくは後輩にあたる人と自分を比較をする場合、さらにここには別の感情が乗ってくることもあるでしょう。
もしもこうしたケースであっても、あくまで自分の向上のために客観的に「ポジティブな比較」ができるか、そこにマイナスの感情を乗せてしまい「ネガティブな比較」をしてしまうかで、結果は変わってきそうです。
指導者や親の立場として「自分と他者」に向き合っている生徒さん、お子さんに対峙するとすれば、まさにこの点に注意を払い、「ポジティブな比較」へと視点が向くようにアドバイスすることが大切です。前回もこの場でお伝えした通り、他者への牙むき出しの競争心ではなく、内なる向上心につなげられるように導けたら、アドバイスする側としては最も望ましいと言えるでしょう。
③【他者と他者の比較】もっとも危険! 子どもの心に深い傷を残す罠
最後に、「他者と他者を比較」する場合について考えてみましょう。ご想像通り、これが一番、危険を孕んでいますね。
単に心の中で何かと何かを比較したり、ある事象を遠くから見て比較し自分の考えを深めたりする分には問題がありませんが、これに教育が絡んでくると非常にやっかいです。
例えば、どんな分野であっても、お子さんを向上させたくて、親御さんが無意識に他の家のお子さんと我が子を比べてしまう。そんなケースは多々ありますね。
そこでもし、たとえ我が子の向上がその理由だったとしても、「〇〇ちゃんは出来るのにあなたはどうして・・」などと口にしてしまっては、仮に我が子の向上というその目的が達成されたとしても、言われたお子さんの心には非常に後味の悪いネガティブな感情が残ります。
そんな時には、親御さんの中で「比較」から生み出される問題点を咀嚼して、お子さんと誰かを比べる行程なしに、ただ「こうしてみたらどう?」とアドバイスだけをしてみてはいかがでしょうか?
これは親子に限らず、指導者と生徒、上司と部下など、教育に関わる様々な事例にも、類例が見られることと思います。

心の傷ではなく「成長のアイデア」を残す。比べるのをやめた言葉の力
目的が、助言による「他者の向上」なのでしたら、その目的が達成されれば、別に何もわざわざ相手の心に嫌な傷をつける必要はないのです。
傷をつける側の方は、「同じ場面が訪れた時にまた同じ失敗を繰り返してほしくないから、敢えて心に残るような言い方をしている」と正当化できますが、言われた方は、楽しさを失い、モチベーションが下がります。
結果、アドバイスよりも、比べられたことの方が傷として心に残り、肝心の助言はどこかへ押しやられてしまう、さらにそんなことを言う相手には、たとえ親でも心理的に距離を置くようになることでしょう。
「比較」することで導き出された向上のためのアイディアを、アイディアそのものの形で、ただアドバイスとして投げかける。
そうすることで、相手の成長につながるテイラーメイドな「金言」として、いつまでも心に残ってくれるかもしれません。
「ポジティブな比較」と「ネガティブな比較」———どちらを選択するかは、あなた次第です。
いかがでしたでしょうか?
皆さんの普段の生活の中にも当てはめられそうなことはございましたでしょうか?
スズキ的「比較」のアイディアが、共有できましたら幸いです。
もしも「イイナ」と思ったら、早速実行をお忘れなく。
ではまた次回まで。

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