
第9回 睡眠では時間帯・規則正しさも大切
前回は睡眠の長さ、つまり睡眠時間を十分とることの大切さについて説明してきました。今回は睡眠の時間帯(あるいは規則的な睡眠)の重要性について説明します。
この説明には2つのポイントがあります。1つは「夜更かし・遅寝」を避けようということです。いくら長く寝るとしても、夜遅く(あるいは明け方近く)に寝て、朝遅く(あるいは昼・午後)に起きるのでは、生活の維持はもちろん、体調の維持にも良くないことです。メンタルの健康にも悪影響を及ぼします。
もう1つは、「平日の睡眠を削って週末に寝だめ」するのは避けた方が良いということです。これだと「時差ボケ」と同じことが毎週起こることになります。また、週末に向けて寝不足と疲労の蓄積が毎週のように起こるからです。人間は基本的に「寝だめ」はできません。普段から規則的に十分な睡眠をとること、睡眠不足をためこまないことが大切なのです。
夜更かし
夜更かしが続けば朝起きられず学校に間に合わなくなりますし、無理に起きても授業中居眠りしたり勉強の能率が落ちたりで、生活には明らかにマイナスです。
それに加えて注意すべきことは、夜更かしが心身の健康にも明らかなマイナスとなることです。この健康へのマイナスは、仮りに起きるのを遅くして睡眠時間を補ったとしても避けられません。
その理由は、睡眠には体の内外の様々なリズムが影響しているからです(図1)。夜更かしをすると、それらのリズムとずれた時間帯に寝ることになりますので、質の良い睡眠がとれなくなります。

図1.体温、コルチゾール濃度の1日のリズムと、睡眠の時間帯との関係(佐々木司(編)人体の構造と機能及び疾病(講談社 2023)より)
明暗のリズムと睡眠
そのようなリズムの1つは「明暗」です。
ヒトでは、夜暗くなると脳の真ん中あたりからメラトニンというホルモンが分泌され、これが脳を含めた体全体に眠りを促します。このメラトニンが分泌される暗い時間帯に眠るのが、効率的な睡眠をとるコツの1つです。
明るい時間帯にはメラトニンは分泌されませんので夜暗いうちに眠ることが必要です。つまり、夜寝て朝起きるようにヒトの体は出来ているという訳です。
なお夜であっても、明るい光が目に入るとメラトニンの分泌は妨げられます。夜更かしをしてスマホやテレビの画面を見ていれば、メラトニンの分泌が阻害され、睡眠の質も落ちてしまいます。
体温とコルチゾール
明暗だけでなく、体の中に備わったリズムも睡眠に大きく影響します。その代表は体温とコルチゾールです。
コルチゾールは腎臓の上についている小さな臓器「副腎」から分泌されるホルモンで、心身の活動を活発にする働きがあります。ストレスが強くかかった時には「活発になって頑張れる」よう分泌が増えるため、コルチゾールは「ストレスホルモン」とも呼ばれています。
体温もコルチゾールの分泌も、図1に示したように24時間周期で上下します。コルチゾールは、通常、朝の起床時に分泌のピークがあり、脳を含めて体全体の活動スタートを助けます。起床後は次第に分泌量が低下し、深夜に最も少なくなります。深夜を過ぎると、朝の覚醒・起床に向けて次第に分泌が増加し、起床時に再び分泌のピークを迎えるという、24時間周期での増減を示します。
一方体温は、コルチゾールの増減に少し遅れた形で上下します。体温の最も低いのは早朝で、その後、覚醒・起床に向けて上昇し始めます。午後から夜にかけて体温は最も高くなり、寝る時間帯が近づくと下がり始めます。
このようなコルチゾールと体温のリズムに沿って睡眠をとる、すなわち体温が下がり始めコルチゾール濃度が上昇し始める深夜よりも前の時間帯に床に就き、コルチゾール濃度がピークを迎えるころに起きると、睡眠の質もアップするという訳です。
一方、コルチゾール濃度や体温の動きとずれた、あるいは逆らったリズムで寝ようとすれば、寝つきも持続も含めて睡眠の質は低下しがちです。前の段落で述べた明暗のリズムと合わせて考えれば、きちんと夜に寝て朝に起きるようにした場合と、夜更かし・朝寝坊でずれた時間に寝る場合とでは、睡眠の質は大きく異なるという訳です。
コルチゾール・体温のリズムは強固
なおコルチゾールや体温のリズムは強固で、睡眠の時間帯をずらしても、なかなかそれに従って動いてくれません。このことは海外旅行の時差ボケで皆さん経験されているかもしれません。
時差ボケでは、睡眠・覚醒を移動先の時間帯に合わせにくいだけでなく、無理に合わせたあとも体調が今一つの時期が続くことが多いのですが、そこには体温・コルチゾールなどのリズムと睡眠・覚醒のリズムの間にずれの生じていることが影響していると考えられます。

休日の「寝だめ」
休日に沢山寝て、普段の睡眠不足を補おうとしている人も多いと思います。この「不足と補い」は、その程度が小さいうちはそれでも良いかもしれません。例えば、平日より1時間かそこら長く寝る程度で補えるうちは、ということです。しかしこれが「何時間も長く」寝ないといけないような生活では、健康が損なわれがちです。
平日と休日で睡眠時間が大きく異なる場合には「起きる時刻が平日と休日で大きくずれる」ことになります。これは海外旅行などでみられる時差ボケを繰り返すのと同じことです。これでは体のリズムと調子が崩れてしまいます。
また土曜、日曜に昼近く、あるいは昼を過ぎても寝ている場合には、日曜の夜はなかなか寝つけません。なぜなら、起きてから十分な時間がたたないうちに、また床につくことになるからです。
平日もしっかり睡眠をとることが肝心
休日に平日の睡眠不足を多少補うことがあっても仕方ありませんが、その程度には限りがあるという訳です。一番良いのは、平日・休日とも余り違わない時間帯に寝起きしてリズムを崩さないことで、それが可能となるよう、平日もしっかり睡眠をとることが肝心です。
なおこれは、平日の睡眠不足と疲労がたまっているのに、無理やりでも早起きしなさい、という意味ではありません。それでは倒れてしまいます。休日の朝寝坊と平日の夜更かし・睡眠不足を、ともに少しずつ改善していくことが大切です。
最後に付け加えますが、平日の睡眠不足を休日にある程度補うことは出来たとしても、翌週の睡眠不足に備えて休日に睡眠を「貯めておくこと」は生物学的に不可能です。やはり、平日を含めて毎日しっかり睡眠をとることが必要なのです。
終わりに
今回はここまでです。睡眠は、十分な時間をとることとともに、リズム・時間帯も大切であること、週末に寝だめすれば良い訳ではないことが理解いただけたでしょうか。次回は運動と気分転換について、また楽器演奏の効果についてもお話したいと思います。また、スマホ・ゲームなどに長時間のめりこむことの影響についても触れます。
佐々木司(ささき つかさ)
東京大学教授、精神科医師・医学博士。小学校入学後よりスズキ・メソードでヴァイオリンを習う。東京大学医学部医学科卒後、同附属病院精神科で研修。クラーク精神医学研究所(カナダ、トロント市)に留学。東京大学保健センター副センター長、同精神保健支援室長(教授)などを経て、現在、同教育学研究科健康教育学分野教授。思春期の精神保健、精神疾患の疫学研究、学校の精神保健リテラシー向上などに取り組んでいる。日本不安症学会理事長、日本学校保健学会常任理事、日本精神衛生会理事を兼務。


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