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第10回 メンタルの健康と運動
東京大学特任教授
精神科医師・医学博士
佐々木 司
前回と前々回、メンタルの予防における睡眠の重要性と、ヒトの睡眠の基本的特徴についてお話してきました。今回はメンタルの問題で睡眠に劣らず重要な運動の影響についてお話したいと思います。なお音楽演奏の効果についてもお話するつもりでしたが、こちらは知って頂きたいことがさらに多く、内容が膨大になりそうですので、次回に回させてください。
適度な運動はメンタルの健康維持に役立つ
運動が体の健康維持に重要なことはよく知られていますが、同じようにメンタルの健康維持にも役立ちます。
例えば、気分が沈んだ時は体を動かすことで気持ちが晴れやすくなることは、多くの人が経験しているかも知れません。うつ病の予防や改善にも効果のあることも知られています。勿論、普段の気分の安定や気分転換にも役立ちます。
睡眠の改善にも役立つ
運動は睡眠の改善、不眠の防止にも役立ちます。
「体を良く動かした日は夜も良く眠れる」というのは、皆さん経験されているのではないでしょうか。反対に普段より体を動かさなかった日の夜は「余りよく眠れなかった」ということもあるでしょう。
しかも睡眠はメンタルの維持・改善に大きく影響しますから、運動⇒睡眠⇒メンタルの経路を通じた分を含め、一石二鳥の効果で運動はメンタルに役立つ、という訳です。
スポーツをしなさい、というのではない
ではメンタルの維持・改善にはどれ位の運動をすれば良いのでしょうか?
これは年齢により少し違ってきます。ただ、どの年齢でも言えるのは、「スポーツをしなさい」「激しい運動をしなさい」というのではなく、運動不足とならない程度に「体を動かしましょう」という意味、ということです。皆さんの中には「スポーツや運動はちょっと苦手」という方もおられると思いますので、その点安心して頂ければと思います。
また運動も「やりすぎ」はかえって体をこわしてしまうので避ける必要があります(スポーツ選手が体をこわしやすいことは良く知られています)。何事も「中庸(ほどほど)」が大切です。
どれくらい運動したら良いのか?
では「実際にどれくらい体を動かせばよい」のでしょう?
実はメンタルに限らず「健康の維持」のための運動量は、強さが中程度の運動なら大人では1日30分以上を週5日以上、子どもの場合はもう少し多くて、1日60分以上を週5日以上が推奨されています。
ここでいう強さが中程度の運動というのは、多少息が弾む程度の運動で、歩行の場合なら、通勤・通学時のように少しサッサと歩く程度を指します。要は「運動不足にならない」よう、日々適度な運動量を保ちましょう、という訳です。
なお必要な時間は、運動の強度で違ってきます。もっと強い運動なら時間はもっと短くても良いようです。ただ強度の強い運動を行う場合には、毎日毎日ではなく、週に2日くらいは体を休ませる日をとった方が良いようです。

休日の運動不足に注意
前の段落で「一日1時間歩くだけで良いの?」「たいしたことないな」と思った人も沢山いるでしょう。確かに「大した話」ではないのですが、ただ、これを実際、日々保つには意外な落とし穴があります。
例えば休みの日です。普段登下校でそれなりに歩いている子でも、GWのような連休でずっと家に籠もりっぱなしだと、途端に運動不足となります。そうなると良く眠れなかったり、気分が下がりやすくなる訳です。
夏休みのように何週間も休みが続くときは、より注意が必要です。昼夜逆転や気分の落ち込みが続いて、その後登校が難しくなる、といったことが起こりやすいからです。携帯やゲームにはまったお子さんでは、このリスクはより高くなるように思います。
座りっぱなしは禁物
飛行機のように窮屈なところで長時間同じ姿勢で座り続けていると、血液循環が悪くなって血栓ができやすくなるなど、体調を崩しリスクが上がることは以前から知られていました(いわゆる「エコノミークラス症候群」と呼ばれるものです)。
近年は多くの研究から、そもそも座りっぱなしで過ごすこと自体が、心身の健康に悪い影響のあることが明らかにされています。これは運動不足の人だけでなく、普段それなりに運動をしている人でも同じように影響を受けます。トータルの運動量とは別に、座り続けることそのものが、心身に悪影響を及ぼす、ということです。

休憩時間をとること
ちなみにこの悪影響は、携帯・ネット・ゲームなどで座り続ける場合だけでなく、勉強や仕事で座りっぱなしの場合も同じです。1時間に一度くらいは休憩時間をとって、立ったり歩いたり体を動かすように注意しましょう(学校の授業と休み時間の間隔も、そんな風になっていますね)。
集中できる時間には限りがある
体を動かす時間を惜しんで勉強や仕事を長時間続けても能率は上がりません。そもそも人間の集中力は、何時間も続くものではありません。無理せず休憩時間をとることが大切です。
携帯・ネット・ゲームの場合は、「何時間も」ということ自体感心しませんが、もしも長時間に及ぶようなら、せめて途中一時中断して、体を動かす時間を作った方が良いでしょう。
おわりに
今回は体をうごかすことと「メンタル」だけ、というより「心身全体の健康」との関係についてお話しました。前回までの睡眠の話と同様、今回お話したことは、子どもにも大人にも大切なことですので、機会があれば親子で話をしても良いですね。
次回はいよいよ、このシリーズでも一番肝心なテーマである音楽、特に楽器演奏とメンタルの健康との関係についてお話したいと思います。
佐々木司(ささき つかさ)
東京大学特任教授、公立学校共済組合関東中央病院メンタルヘルスセンター長、精神科医師・医学博士。小学校入学後よりスズキ・メソードでヴァイオリンを習う。東京大学医学部医学科卒後、同附属病院精神科で研修。クラーク精神医学研究所(カナダ、トロント市)に留学。東京大学保健センター副センター長、同精神保健支援室長(教授)、同教育学研究科健康教育学分野教授などを歴任。思春期の精神保健、精神疾患の疫学研究、学校の精神保健リテラシー向上などに取り組んでいる。日本不安症学会副理事長、日本学校保健学会常任理事、日本精神衛生会理事を兼務。


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