
第6回 受験を科学する:本番に強くなる人とは?
東北大学
認知行動脳科学
細田千尋
受験シーズンも終盤を迎え、そろそろ結果が出始めている人もいることでしょう。今回は、脳科学や心理学の研究結果から、「受験」について考察してみたいと思います。
本番に強い人と弱い人の違い
「これまでやってきたことを本番で発揮するだけ!」――多くの人がそのような気持ちで試験に挑むと思います。しかし、試験本番で実力を発揮できる人と、そうでない人の違いには、心理的要因や脳の働きが関係していることが研究から明らかになっています。
フランス国立科学研究センターの研究によると、プレッシャーが強い状況下では、不安が高い人ほど注意力が「心配事」に奪われてしまい、認知負荷の高いタスク(複雑な計算や論理的推論など)でパフォーマンスが低下しやすいことが示されています。不安や心配に気を取られると、それらがリソースを消費してしまい、試験本番で必要な認知機能をうまく発揮できなくなるのです。
一方、プレッシャーに強い人は「成功体験のイメージトレーニング」を多用していることが分かっています。彼らは過去の成功体験を思い出すことで自信を高める傾向があるのです。
多くの研究が示すように、プレッシャー下で最も重要なのは「自己効力感」であり、それを高めるためには、日々の中で小さな成功体験を積み重ねることが有効です。また、不安や悲観的な思考の中でも、過去の成功体験があると自覚している人たちは、その不安や悲観さを武器に頑張れることも示されています。
ただし、 高いプレッシャーのとき、成功を意識しすぎると動作が「ぎこちなく」なり、通常できる動作でもミスしやすくなることもわかっています。この現象は演奏家でも見られるのですが、「過剰な自己モニタリング」が原因であると考えられています。つまり、普段無意識にできるスキルが、本番では意識されすぎて、逆にぎこちなくなります。
脳の働きとの関連
脳科学の観点からも興味深い発見があります。オランダ・ユトレヒト大学の研究によれば、瞬きの頻度が高い人は、興奮状態を示すドーパミンの過剰活性と関連しており、その結果、注意の制御が難しくなることが指摘されています。
適切なドーパミンレベルは集中力を高めますが、過剰になるとプレッシャー耐性が低下します。さらに、ハーバード大学の研究では、長期間のストレスが前頭前野の働きを低下させ、論理的思考や集中力を損なうことが報告されています。
一方、プレッシャーに強い人は前頭前野の活動が安定しており、ストレス下でも冷静な意思決定を維持しやすいことが示されています。また、感情を司る扁桃体の活動が抑制されることで、理性的な判断が可能になることも明らかになっています。
本番に強くなるために
スポーツ分野では、本番のプレッシャーに対応するためのトレーニングが数多く研究されています。例えば、プレッシャー・トレーニング(PT)は、高圧環境をシミュレーションすることでストレス下のパフォーマンス向上を図る手法です。このトレーニングを受けたグループは、受けていないグループと比べて、本番でのパフォーマンスが向上したことが確認されています。
また、短時間(15分間)のマインドフルネス・トレーニングも有効です。トレーニングを受けた人々は、プレッシャー環境下で不安が軽減され、冷静な判断が可能になったことが示されています。
日本の教育環境では感情コントロールの方法を体系的に教える機会が少ないため、日常の中で子どもや親が自分の感情と向き合うスキルを養うことが重要です。模試や発表会などを訓練の場としている人が多いと思いますが、それらを経験させることが学びの場所、とするだけではなく、いかにその機会を利用して、不安のコントロールをするか、をきちんと体系的に学ぶことが重要なのだと思います。
扁桃体の過活動による不安を軽減するために、前頭葉の働きを高める方法を学ぶことは、一つの大きなポイントかもしれません。
生活習慣と成績の関係
これはすでに知られていることですが、生活習慣は学業成績に大きな影響を与えます。
良質な睡眠をとる大学生は成績が良い傾向にあることが確認されています。
一方、睡眠不足は認知機能の低下を招き、試験成績の悪化に直結します。また、睡眠中に記憶が定着することが多くの研究で示されており、日々の睡眠確保は学業成績向上に不可欠です。
さらに、食事の質も成績に影響を与えます。16歳時に不健康な食事(脂肪分が多く繊維が少ない食事)を摂取していた学生は、健康的な食事を摂取していた学生に比べ、言語テストや数学テストの成績が低い傾向にありました。

適切な環境を選ぶ重要性
学業成績の順位や比較が心理面に与える影響についても多くの研究があります。
上位グループにいる学生は自己効力感が高まり、学習意欲が向上しますが、下位グループの学生は自己評価が低下し、学習意欲が減退する傾向があります。
また、競争が激しい環境で学業成績を頻繁に他者と比較する学生ほど、試験不安やストレスが増大し、成績が伸びにくいことに加えて、強い競争環境にある学生は、学業に対する興味が低下し、自己肯定感が下がります。その結果、学習に対するモチベーションは下がっていきます。
例えば、小学校から英語教育が導入されて以降、全体的な英語成績が伸びたという大きな効果がみられていない一方で、英語が嫌いな子どもの割合が増えた、と言うことが示されています。
塾などは成績別になることや同じ塾でも地域によるレベル差があると言う話もあり、どこに通わせるか悩む親御さんも多いでしょう。実際、成績が高いクラスは、個人の学業成績が向上する傾向があるのですが、他の優秀な生徒と比較することで、そのクラスの中で相対的に成績が低い生徒にとってはプレッシャーが強く、自己効力感が下がり、逆効果になることも示されています。
親としては、上位グループ、上位校にいることを目指しがちですが、その子どもが自信を持ちながら学習できる場所を選ぶことが、長期的な成長を支える鍵となります。
受験を親子で乗り越えるために
少子化の中で、受験に関する熱は高まっていく一方です。子どもの受験に成功したママ、受験に導く家庭教師、受験生がいくべき塾、などの特集、書籍もよくみますし、私自身も専門家としてインタビューを求められる機会があります。
このような背景の中で、教育虐待、という言葉も最近では注目されるようになってきました。私たち親もつい子どもの受験には熱が入りがちですが、受験は子どもの人生の一部であり、親の評価とは無関係です。
将来のキャリアの成功には、学業成績や学歴だけでなく、問題解決能力、レジリエンス、他者との良好な関係性、目標への強いコミットメントといった要素がより重要なことが多くの研究から示されています。
受験の結果だけに囚われず、子どもの長い人生を見据えたサポートを心がけたいものです。
プロフィール
細田千尋
東北大学 加齢医学研究所 認知行動脳科学研究分野 准教授。
東北大学大学院情報科学研究科 准教授。
東京医科歯科大学博士課程修了。博士(医学)。内閣府主導ムーンショット型研究開発事業プロジェクトマネージャー、内閣府・文部科学省が決定した“破壊的イノベーション”創出につながる創発的研究支援研究代表者など複数の国家プロジェクトの研究代表を務める。International symposium Adolescent brain & mind and self regulation Young investigators Award June受賞、成茂神経科学賞受賞など受賞多数。仙台市学習意欲の科学的研究プロジェクト委員。PRESIDENT にコラム「脳科学で考える世の中のウソ・ホント」 を連載中。NHK 「思考ガチャ」、NHK Eテレ「バリューの真実」、日テレ「カズレーザーと学ぶ」などメディア出演多数。近著に「脳科学が教える 一瞬で心をつかむ技術(PHP研究所)」


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