
第12回 楽器の演奏・練習と心の健康:(1)「継続は力」
東京大学名誉教授
精神科医師・医学博士
佐々木 司
今回と次回は、楽器の演奏が心とその安定に与える影響について、仲間作りとの関係も含めて考えたいと思います。
楽器演奏など音楽活動への参加と良好なメンタルヘルスとの関係は、すでに多くの研究で報告されています。ただ、関係の実際は、人それぞれで随分異なりますし、かつ微妙なところがありますので、研究を紹介しても具体的なところは分かりにくく、面白い点も伝わりにくいと思います。
そこで今回、次回とも、私自身の体験を踏まえた具体的エピソードを中心にお話したいと思います。なお、その結果今回は、私の自分史みたいになってしまいました。ご容赦ください。
継続は力なり
楽器を演奏することで気持ちが安らいだり元気になったりすることは、多くの皆さんが経験されていると思います。私の場合、それが一番印象に残っているのは大学受験生活の時のことです。楽器(私の場合バイオリン)を弾くことで気持ちと頭の回転がリフレッシュされ、短時間で効率的に勉強することを可能にしてくれました。
この話は是非ともお伝えしたいのですが、今回はまず前段として、高校生までの私がバイオリンとどう関わったかについてお話したいと思います。
なお今回の最大の主題は「継続は力なり」です。楽器の演奏は心の糧となりますが、そのためには山道・坂道乗り越えて、ゆっくりでも何でも続けることが肝心だからです。
怠慢な生徒
私は小学校2年のはじめから、受験勉強が忙しくなる高3のはじめまで、スズキ・メソードのバイオリン教室に通っていました。中学までの私は、バイオリンについては本当に怠け者で、ケースを開けるのがレッスン含めて週に2-3回、当然ながら曲の進みも上達も遅い生徒でした。
ちなみに大きくなってからと違って子どもの頃の私には、「腕を上げたい」という気持ちがさらさらなく、教則本の曲が少しでも先に進めばあとは何も気にせず、毎度のレッスンに通っていました。習っていた先生からは「先生より上手にならなきゃだめよ」とよく言われましたが、「無理に決まってら~」と気にもとめませんでした。
今にして思えば、可愛げのない生徒でした。
パッカリにビックリ
私の怠けぶりは中学に入る頃頂点に達し、中1の夏休みはケースを一度も開けずじまいで過ぎました(当時8月のレッスンはお休みでした)。それが9月に久々にケースを開けてビックリ。新しく買ってもらった大人用バイオリンの裏板がはがれていたのです。これには正直焦りました。「一人息子のために」と親がかなり奮発して買ってくれたバイオリンでしたので。
ただ楽器屋さんで、「修理すれば元通りに直る」と聞いてすっかり安心したので、折角の「ビックリ」も治療効果はなかったように思います。なお裏板がはがれたのは、暑い中一度もケースを開けなかったせいでニスが緩んだためでした。皆さんも注意しましょう。
オケに入る
この怠慢が変わるきっかけになったのが中学・高校のオーケストラに入ったことです。近所の先輩にバイオリン弾くことが知れて中2で半自動参加となりました。
曲はハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンの交響曲が主でしたが、楽譜を読むトレーニングが欠けていたせいもあって、練習してもさっぱり弾けません。弾けないからといって弓を動かさでいると、弦楽器は弾いてないのがバレてしまいます。それで最初数回のコンサートは緊張して座りながら、何となく弓を動かして雑音ばかり出す、という結果で終わりました(特に1回目のハイドンは悲惨でしたが、客席からは意外とバレてないようでした)。
周りの上手さに焦る
さてこれで、周りの人たちが自分同様の腕前だったら、私のバイオリン生活に何の変化も起きなかったでしょう。しかし実際は、当時の私からは「見上げるほど」上手な先輩・同級生が沢山いました(でないとコンサートになりませんね)。
特に上手だったのが、学年が同じで、たまたま同じバイオリンの先生に習っていたA君です。同じ先生に習っているのに腕前が全く違うのは変な気もしましたが、バイオリンにかける熱量と練習量が全然違ってたんですから当然です。
この効果は抜群で、A君に追いつくのは無理とは思ったものの「何とか今より上達したい」「オーケストラでまともに弾けるようになりたい」との気持ちは日に日に募り、ついに「良い音・良い腕目指して精進」する生徒への転換が始まりました。

自分なりの精進
「精進するようになった」と言っても、そうすぐに上達はしません。それまで散々サボっていたわけですから当然です。オーケストラの練習でも相変わらず間違えてばかりです。
そんな状態でもめげずに練習を続けられたのにはいくつか理由があると思います。1つは下手な自分にも居場所があったことです。
私の中高のオーケストラは、音楽の先生が半分はご自分の楽しみで作られたオーケストラで、吹奏楽のようなコンクールに出る訳でなし、セミプロのような完成度の演奏を求められる訳でなし、うっかり提示部の繰り返しを忘れて2カッコのアコードを弾いてしまっても笑い話で許してもらえる(モーツアルトの交響曲40番の本番で実際そういうことがありまして)、そんな雰囲気でした。
一生懸命練習していれば、さほど上達した訳でなくとも「大分上手くなったし次は1stバイオリンやってみる?」と声をかけてもらえる緩やかな感じ、悪く言えば余り上手でない「ぬるま湯」のようなオーケストラでしたが、私にはとても心地良い居場所でした。逆にそうでなければ続かなかったと思います。
仲間と楽しく過ごす時間
私が楽器を続けられたもう一つの理由は、仲間と一緒に楽しむ機会が得られたことです。
オーケストラの練習も楽しかったですが、仲間とちょっと合奏したり、土曜の練習の前に音楽室の隣の先生の部屋でレコードを聴きながら皆で昼食とったりとか、ちょっとした何気ない時間が今でも楽しい思い出として心に残っています。
同級生のA君から「大塚先生(2人のバイオリンの先生)が、佐々木のこと、『この頃大分良くなったわ』って言ってたぜ」と伝えてもらったのも、その頃の嬉しい思い出です。

続けて良かった
「仲間ができて、心地よい居場所ができて、練習と合奏を楽しめて」、この3つが、超スロースターターだった私が途中でやめずにバイオリンを続けられた、最も大きな理由だったと思います。
その結果、受験生活でもそのあとの大学生活、社会人になってからも、楽器演奏を通じて潤いと仲間を得ることができました。
次回はこれらについてお話したいと思います。また、孫が現在お世話になっている教室で、この3つをごく自然に工夫してくださっていることにも触れたいと思います。
佐々木司(ささき つかさ)
東京大学名誉教授、公立学校共済組合関東中央病院メンタルヘルスセンター長、精神科医師・医学博士。小学校入学後よりスズキ・メソードでヴァイオリンを習う。東京大学医学部医学科卒後、同附属病院精神科で研修。クラーク精神医学研究所(カナダ、トロント市)に留学。東京大学保健センター副センター長、同精神保健支援室長(教授)、同教育学研究科健康教育学分野教授などを歴任。思春期の精神保健、精神疾患の疫学研究、学校の精神保健リテラシー向上などに取り組んでいる。日本不安症学会副理事長、日本学校保健学会常任理事、日本精神衛生会理事を兼務。


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