
脳科学から見る子育てと教育 8
東北大学・慶応大学
認知行動脳科学
細田千尋
「集中力を上げたい」――よく耳にする願いです。ただ、脳の研究を知ると、集中は、コップにためて増やせる“水の量”のようなものではないことが見えてきます。
集中に入る条件を見つける
集中とは、どちらかといえばついたり消えたりする“状態”です。
人は課題に取り組むあいだ、しっかり集中している時間と、ふっと気がそれる時間とを、数十秒から数分の周期で行き来しています(Esterman et al., 2013)。そして、その「集中している状態」に入りやすいかどうかは、やる気や環境によって変わります(Fortenbaugh et al., 2017)。
つまり、育てたいのは「集中力をあげる」ではなく、「集中という状態に、すっと入れる条件を見つけること」なのです。「うちの子は集中力があるか」ではなく、「どんなときに集中は立ち上がるのか」。ここが出発点になります。
決められたことを、決められた時間に
では、その“条件”を、いちばん確実に用意してくれるものは何か。それが、「決められたことを、決められた時間にやる」習慣です。
私たちはつい、きちんと集中できる子を「がんばって意志をコントロールしている子」だと思います。ところが、自己コントロールの高い人ほど、日常ではむしろ我慢していません。やるべきことを先に習慣にしてしまい、そもそも「やるか、やらないか」で自分と戦っていないのです(Galla & Duckworth, 2015)。
「決まった時間にやる子」と「気が向いたらやる子」を分けるのは、根性でも我慢度でもありません。
毎回ゼロから自分を奮い立たせるか、それとも“もう決まっているから、ただ始める”か――その差だけだということです。
集中の一番の敵は「感情」
なぜ、この違いが集中を大きく左右するのでしょうか。理由は、集中の“最大の難所”が、じつは「持続」ではなく「始め」にあるからです。
そして、始められない本当の原因は、怠けでも意志の弱さでもなく、感情にあります。人は、課題が呼び起こす「面倒だな」「気が進まないな」という嫌な気分を避けたくて、つい先延ばしにしてしまうのです(Sirois & Pychyl, 2013)。
事実、ものごとを先延ばししやすい人ほど、不快な感情に関わる扁桃体が大きめで、それを抑える脳の回路とのつながりが弱いことも分かっています(Schlüter et al., 2018)。
ルーティンは集中の自動化
決まった時間・決まった場所のルーティンは、この「やるか、やらないか」という感情のせめぎ合いを、そもそも起こさせません。「朝ごはんのあとは、ただ座る」と決まっていれば、毎回迷わずに始められる。
そして集中は、いったん課題に入って初めて立ち上がります。始めの摩擦さえ消えれば、あとは自然とゾーンへ近づいていくのです。しかも、その時間が楽しいほど、習慣は速く根づきます(Weyland et al., 2020)。
言いかえれば、ルーティンは「集中力」を増やすのではなく、集中が立ち上がる“舞台”を、毎日自動でととのえてくれるのです。
注意したい「逆効果」
ただし、注意も一つ。一日を予定でびっしり埋めてしまうのは、逆効果になりえます。
6〜7歳の子どもを調べた研究では、大人が段取りを決めていない“自由に過ごせる時間”(自由な遊びなど)が多い子ほど、「自分で計画を立てて集中する力」が高いという関係がみられました(Barker et al., 2014)。
ですから、こう考えてみてください。練習の時間は、毎日決めて動かさない。でも、一日のすべてを埋めず、子どもが自分で過ごし方を決められる自由な時間も残しておく。
決まった練習は「与えられた枠の中で集中する力」を、自由な時間は「自分で決めて集中する力」を育てます。どちらも大切なのです。

頑張りが必要なのは「最初の坂」だけ
さて、「その“決まった習慣”をつくること自体が、いちばん難しいのでは」と感じられた方もいるでしょう。おっしゃるとおりです。
でも、ここに希望があります。繰り返された行動は、脳のなかで「自動化(オートマイゼーション)」が進みます。大脳基底核を中心とした回路の働きによって、意識して頑張らなくてもできることへと、少しずつ移っていくのです(Graybiel, 2008;Lally et al., 2010)。
つまり、頑張りが要るのは主に「最初の坂」だけ。登りきってしまえば、必要な力はどんどん減っていきます。
集中が生まれる“条件”=“習慣”
逆に、毎日「意志の力」で押し切ろうとする作戦は、うまくいきません。「意志力は、使えば使うほど減っていく資源だ」と長く信じられてきましたが、世界中の研究室が参加した大規模な検証では、その通りにはならなかったのです(Hagger et al., 2016)。意志は、毎日あてにして引き出せるほど、安定したものではありません。
だから、頑張りどころを間違えないことです。子どもに毎日“我慢”を強いるのではなく、最初の坂だけを、一緒に越える。時間と場所を決める。一歩めは、楽器を構えるだけでいい。一日の抜けは、気にしない(Lally et al., 2010)。
坂さえ越えれば、あとは習慣のほうが、子どもを机に向かわせてくれます。
毎日、決まった時間に楽器の前に座る。鈴木先生が大切にしてこられたその習慣は、才能でも根性でもなく、集中が生まれる“条件”を、いちばん確実に用意してくれる方法なのだと思います。
プロフィール
細田千尋
東北大学 加齢医学研究所 認知行動脳科学研究分野 准教授。
東北大学大学院情報科学研究科 准教授。
慶応義塾大学 教授。
東京医科歯科大学博士課程修了。博士(医学)。内閣府主導ムーンショット型研究開発事業プロジェクトマネージャー、内閣府・文部科学省が決定した“破壊的イノベーション”創出につながる創発的研究支援研究代表者など複数の国家プロジェクトの研究代表を務める。International symposium Adolescent brain & mind and self regulation Young investigators Award June受賞、成茂神経科学賞受賞など受賞多数。仙台市学習意欲の科学的研究プロジェクト委員。PRESIDENT にコラム「脳科学で考える世の中のウソ・ホント」 を連載中。NHK 「思考ガチャ」、NHK Eテレ「バリューの真実」、日テレ「カズレーザーと学ぶ」などメディア出演多数。近著に「脳科学が教える 一瞬で心をつかむ技術(PHP研究所)」「幸せを手にできる脳の最適解 ウェルビーイングを実現するレッスン(KADOKAWA)」


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