
第14回 どうしたら子どもに練習させられるの?
東京大学名誉教授
精神科医師・医学博士
佐々木 司
前回のFruitfulで、「次回は、子どもにどうやって練習させたら良いかを考えます」と予告しました。多くの保護者の方と同じく、自分にも極めて関心の高いことだからです。
ただ、いざ書く段になって困ってしまいました。というのも私自身が、子ども(私の場合、孫)にうまく練習させられていないからです。それも全く。つまり自分には皆さんに助言する力のないことに気づいた訳です(先生にも、「何でそんなこと予告しちゃったの~」と呆れられました)。
そこで今回は、私の孫が通っているクラスの保護者の皆さん、あるいはつい少し前まで親に練習させられていた大学生や20代の若手の皆さん、それとクラスの先生、ピアノ伴奏の先生にインタビューして、そのエッセンスを読者の皆さんと共有させて頂くこととしました。
このクラスではつい先日発表会があって、その合い間や発表会後の時間に話をお聞きしました。短い時間でのインタビューでしたが、生々しい本音が聞けたように思います。
なお今回は、どちらかと言うと「うちの子全然練習しなくて困る」という保護者向けです。「うちの子は自分から練習しています」という方には少々退屈かもしれませんが、そういう方も、「うちはこんなやり方で上手くいった」という工夫があれば、是非お知らせ下さい。いろいろな知恵を多くの方と共有できればと思います。
嫌にならないようにする
それで、子どもに練習させるのにどうしたら良いか? インタビューから得た結論を申し上げると、
「楽器を習うことが嫌になって、やめてしまわないようにするのが、最も大切。無理やりやらせるのは難しいよね」
ということでした。
親の最大の務めは「我慢」
「そんな結論、何の役にも立たないじゃないか」と思われるかもしれません。確かにその通りです。ただ肝心なのは次です。
子どもは楽器を続けていれば、いつかその楽しみに目覚めます。
「それがいつ」かは、子どもごとに違うので何とも言えませんが、一度楽器を弾く楽しみに目覚めれば、そこからは親が言わなくても自分で練習するようになる。その時が来るまでは、うるさく細かく口出しして楽器が嫌いにならないようにする、レッスンに通うのをやめないようにすることが、「親の最大の務め」だということです。
親の「我慢」と言いかえても良いでしょう。
いつかは目覚める
もちろん、「既に長いこと我慢してきた。いつまで我慢を続ければいいんだ」とご不満を抱く方もおられるでしょう。
ただ周りの皆さんを見ての印象ですが、練習しなかった子も思春期、特に中学生頃になると目覚める場合が多いように思います。また、学校その他で弦楽合奏やオーケストラに参加すると、俄然違ってきます。仲間の力は大きいですね。
大学生はオケでエンジョイ
今回インタビューに参加してくださった大学生の皆さんも、「いつ目覚めたか」はそれぞれ違うかもしれませんが、大学生になってからはオーケストラで弾くことを大いに楽しんでおられる、あるいは、これからオケに入ることを楽しみにしておられました。
とにかくゆっくり上達のお子さんも、10代で楽器演奏の楽しさに目覚めるまで続けさせることができたら、あとは心配ご無用、大成功と思って良いように思います。上達を焦ってゴリゴリやって、途中でやめてしまうのが一番惜しいです。

必死にならない
考えてみれば「思春期で目覚める」というのは、かくいう私がそうでした。
今回の発表会の合い間、いつも頑張って練習を続けているお子さんのお母さんに、「自分からどんどん練習するなんて羨ましいです。うちの孫は練習させるのが本当に大変で」とぼやきました。そしたらそのお母さん、「先生(私のこと)ご自身も、練習しない子だったとコラムにお書きですよね?」とおっしゃったのです。
ハッとしました。
確かに子どもの頃の私は全然練習しない子で、特に小6から中2がひどく、バイオリンケースを開けるのはレッスンの時だけという時期が続きました。それで2年以上、ヴィヴァルディ a-mollの1楽章から先に進めなかったのですが、学校のオーケストラに入って急に練習に励むようになったのでした。
孫に練習させる段になると、昔の自分のことはすっかり忘れて、少しでも長く(と言っても15分位ですが)練習させようとして必死になるのでした。いけませんね。
男女の差
なお「目覚め」と練習への熱意には個人差のほかに、男女の差があるように思います。一般的傾向としては、女の子の方が「目覚め」は早く、男の子はゆっくりペースの割合が高いように思います。
実際女の子は、小さい頃から自分で一生懸命練習するお子さんも多いですね。前の段落の「一生懸命練習」のお子さんも女の子です。
一方私の孫は男の子で、練習しないのも当分は諦めないといけないのかも知れません。でも悟りの境地まで至るのは難しく、「何とかならないものか日々悩む」というのが実際のところです。
「目覚め」には二段階ある
目覚めの遅い子の最初の目覚めは、「みんなと弾けるようになりたい」「みんなと同じくらい上手くなりたい」「そのために一生懸命練習しよう」となる訳ですが、実はもっと奥深い二段目の目覚めがあるように思います。
それは楽器を弾くこと・吹くことで心が洗われる体験をすることです。私の場合でしたら、前回お話した受験勉強の時の体験です。しばらくやめていたバイオリンを久々に弾いて、自分が弾く音色による本当の心地よさ、少し大げさに言えば「心の浄化」を実感できました。
この「二つ目の目覚め」がいつ来るかも、人によって違いがあると思います。小さい子どものうちから経験する人も、私のように10代の後半ということもあるでしょう。ただ、この目覚めこそ本物の目覚めで、「この楽器を一生続けていきたい」と感ずるきっかけとなるように思います。
大人も目覚める
この目覚めは子どもや思春期の間だけとは限りません。大人になってから、という方も大勢おられます。
先日のクラスの発表会では、大人になってからバイオリンを始められた方にもインタビューさせて頂きました。その中にはバイオリンの音に憧れ続け、大人も習えると知って最近始められた方、お子さんやお孫さんのレッスンに付き合っているうちに「自分も弾きたい」と始められた方もいました。その皆さんに共通していたのは、「弾くことで心が洗われる」「自分が弾く音色が心にしみて、それがほかの人にも伝わる」ということです。私が受験生の時に経験した「二つ目の目覚め」と同じことを経験しておられるのだと感じました。
勿論大人になってから楽器を習うことは、子どもが習うのに比べると簡単ではありません。しかし人生を豊かにしてくれる本当に価値ある時間を体験されてるんだな、と強く実感させられました。
あれも気になる、これも気になる
子どもの練習の話に戻ります。保護者に大切なことは「我慢」と書きました。これには「練習する・しない」の我慢のほかに、練習している時についしたくなる「口出し」への我慢もあります。私の場合、孫がバイオリンを練習しているのを見ると、どうしても気になってしまいます。
例えば楽器を構える姿勢から弓の持ち方、弓の動き(駒と平行になっているか、とか)です。これらが不味いと音色も悪くなりますので。勿論左手の形や音程も気になります。
とは言え「今日は珍しく練習始めためでたい日なんだから、余計な口出しは我慢しよう」と最初は頑張っているのですが、弾き方が余りにひどいと「ここで放っておいたら悪い癖がついてしまう」と心配になり、最初は「少しだけ」と心に決めて口出しを始めます。すると次第に、あれもこれも全部気になって、口出しが止まらなくなってしまうのです。
もしかしたら「自分も同じ」と思い当たる方がおられるかもしれません。特にご自分で楽器をなさる方は、「子どもには自分より上手になってほしい」という気持ちから、この傾向が強いかもしれません。できるだけ我慢できるよう、お互いに頑張りましょう。
注意するのは1つだけ
ちなみにスズキ・メソード創始者の鈴木鎮一先生は、「1回の練習で注意するのは1つに限ること」と書いてらっしゃいます。これは大事な言葉です。そもそも、あれこれ沢山注意されても子どもの頭には入りません。いい気持ちもしませんから、練習が嫌になってしまいます。
うちの孫に練習させるときも、ついつい沢山注意してしまうわけですが、鈴木先生のこの言葉をカレンダーにでも大書して、「注意は1つまで」を忘れないようにしたいと思います。
我慢は口だけじゃない
子どもへの注意で我慢が必要なのは口だけではありません。これは発表会後に、あるお母さんとピアノ伴奏の先生からうかがった話です。
伴奏の先生によれば発表会リハーサルの時にこのお母さん、普段と違って能面のように無表情、ちょっと怖いお顔だったそうです。ただこれには深い訳がありました。こちらのお子さん、発表会では1巻最後の曲、ゴセックのガボットを弾かれました。この曲は中間部の始めの方に「シレドレ・ミレドシラ」と16分音符がスラーで8つも続くところがあります。しかも最初のドは♯がついていて、2つ目は♯なし、と大変難しいのです。
子どもは見ている
この坊や、この場所に差し掛かるたびにお母さんの顔をチラッ、チラッと見てワンテンポ遅れたんだそうです。その部分になるとお母さんの目に「ウッ」と力がこもるのが、気になって仕方なかったんですね。それでレッスンの時に先生が、「**さん、顔変えちゃダメ」とお母さんに注意されました。お母さん、リハーサルの時は表情を一切変えないようずっと頑張って、結果、能面の顔になっちゃったみたいです。
子どもたちは、親の色んなところを見ているのですね。要注意です。
なおこのお子さん、発表会本番ではテンポも音程も正しく、立派に弾いておられました。
曲の進みを焦らない
ここで1つ、ある保護者の方が以前、お子さんが習っていたベテラン指導者にお聞きしたことをご紹介したいと思います。
その指導者の先生がおっしゃったのは、「最初に1年かけてキラキラ星を練習すると、そのあとが違ってくる」という話です。最初に正しい基本を身につければ、そのあとの曲も自然と立派に弾けるようになる、という意味だと思います。とても納得です。
ただこの言葉には続きもあります。「(そのように練習させたくても)親御さんの『できるだけ早く先の曲に進ませたい』という気持ちを感ずると、なかなかそうもできない」のだそうです。ここでも「親の我慢」が大切なのかも知れません。
もっとも子どもにとっても、レッスンの仲間や後輩がドンドン先の曲に進む中で、いつも同じ曲、というのは辛いかもしれません。私も2年半ヴィヴァルディのa-mollで止まっていたときは、自分が練習しないせいとは言いながら辛いものがありました。子どものそんな気持ちも踏まえつつ、曲の進みを焦らないようにする工夫が肝心かもしれません。
親も楽しんで
もう1つ、私が「我慢」「我慢」とばかり言うのを聞いて、クラスの先生がおっしゃったことをお伝えします。それは、「親・保護者の皆さんも楽しみましょう」です。
「親が音楽を楽しみ、子どもの演奏を一緒に楽しんでこそ、子どもも練習を楽しめるようになる」
「ささやかな進歩であっても子どもの上達を子どもとともに喜んでこそ、子どもも練習に励める」
というお話でした。本質をとらえたお話だと思います。
最後に
今回は以上です。いかがでしたでしょうか?
もし皆さんから、「私はこんな方法で子どもに練習させています」とか、「こういう旨い話がありますよ」とかありましたら、是非お知らせ頂ければと思います。
なお稿を終えるにあたり、今回のインタビューにご参加くださった皆様に改めて感謝申し上げます。
読み込んでいます…佐々木司(ささき つかさ)
東京大学名誉教授、公立学校共済組合関東中央病院メンタルヘルスセンター長、精神科医師・医学博士。小学校入学後よりスズキ・メソードでヴァイオリンを習う。東京大学医学部医学科卒後、同附属病院精神科で研修。クラーク精神医学研究所(カナダ、トロント市)に留学。東京大学保健センター副センター長、同精神保健支援室長(教授)、同教育学研究科健康教育学分野教授などを歴任。思春期の精神保健、精神疾患の疫学研究、学校の精神保健リテラシー向上などに取り組んでいる。日本不安症学会副理事長、日本学校保健学会常任理事、日本精神衛生会理事を兼務。


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